第29章 水が流れ出す
長い腕を組んでしかめ面をするカクを見て、ディディがにやりと笑った。
「やぁね!何笑ってンのよ。気持ち悪いわねィん。言っとくけど、カクは食べても美味しかないわよ…ぁだッ」
横槍を入れたボン·クレーの額を平手で引っ叩き、ディディはカクとカヤンを見比べた。
「アタシにオカマの身内はない。そんな身内がおったらばとうに始末してるわ。アタシの身内はこの気色良くない馬面オカマじゃなく、そこの坊主と赤ん坊よ」
「えぇ!?マジで!?うっそ、マジで!?」
「…そんな事も知らんでモモを拐ったのか。頭が悪いのも大概にしろ、オカマ」
「知らないのと頭が悪いのは全然違うでしょうが!教えて貰わなきゃわかんないわよン、そんなの!ちょっとバカヤン!?」
「ふ。バカヤンな。確かにバカ者だわ」
ディディは腕組みしてカヤンを睥睨した。
「お前はアタシを謀った。モモをこの腐れオカマに託した下り、如何に甥子の仕業とは言え赦すものではない」
その視線を受けてカヤンがふと笑う。
「あなたは一族から縁切りされている。私を甥呼ばわりする資格はない」
「そう。お陰でアタシは忌々しいジンの呪いから自由になった訳だ」
「ジンは人を呪わない」
カヤンの声音が硬くなった。ディディは思案するように長い指を眉間にあててカヤンを見下ろし、仕草とは裏腹の皮肉げな笑みを浮かべた。
「ふん?成る程。確かに呪われたと思う者があるだけで、ジンは人を呪わんかも知れんな」
「愚かしい事だよ」
呟いてカヤンがボン·クレーの腕の中で黒い目を瞬かせるモモを見やった。
「理解の及ばないものを単純に排阻しても意味がない。臭い物に蓋をするような考え方に信仰を持ち出す輩にはうんざりだ」
「人が何を信じようと余計な差し出口を叩くモンじゃない。かく言うお前もそのジンの元から逃げ出した手合いだろう。他ならぬジンの末裔のくせにな」
鼻を鳴らしたディディにカヤンは目をスッと細めた。
「それはあなたも同じだろ。大体私はジンから逃げてはいないし、逃げようとも思わない。そもそも人はジンの掌の内、逃げる逃げないの話ではない」
「不必要に賢しい者は苦労が多い。これもジンの思し召しか。お前はなりたくもない王になる身だものな。アタシに言わせればお前はジンに呪われている」