第29章 水が流れ出す
会場に入ってすぐ、カクはラビュルトを見つけた。
何処におっても、どんな格好をしとっても。
袖を引いたカヤンを顧みながら、カクはちょっと笑った。
お前さんは真っ先にワシの目に入って来よるんじゃろうな。
インディゴブルーのしなやかなドレスが、ほんの数日で痛いように馴染んでしまった白い髪や長い手足が、整った顔に刷いた化粧に引き立てられたラビュルトが、一時視界に入っただけでくっきりと焼き付いてしまった。
「カクのrajul min masirは何処?」
カヤンが屈んだカクの耳にヒソッと囁きながら辺りを見回す。また国の言葉を漏らしたカヤンにカクは眉を上げた。
「ファムファタール?(運命の女)」
「そう、それ。いるんだろう?あなた、そういう顔をしている」
「勘がいいのう」
カヤンの肩に手を載せて、カクは背筋を伸ばした。
「ここで一番綺麗な女がワシの女じゃ」
「それはあなたの主観だよ。具体的に」
「一番綺麗な女じゃ」
カヤンは手に負えないという様子でカクを見上げて肩を竦めた。
「ベタ惚れだね」
「それくらいでなくちゃ惚れとるとは言わんじゃろう?」
ラビュルトに目を戻してぬけぬけと言うカクにカヤンは拗ねたような顔をした。
「…わかんないよ」
「そうか。なら多分お前さんはそういう相手にまだ会っとらんのじゃろうな」
カヤンの肩にまた手を載せて、カクはニコッと笑った。
「お前さんがrajul min masirを見つけたらわかるかも知れんが、どうかのう。人はそれぞれじゃからな」
「ふぅん」
カクの目線の先に手足の健やかに長い女性がいる。颯爽とした様が好ましい。白い髪の下、小さな輪郭に収まった整った造作は多少口が大きすぎるような気がするものの、それが如何にも快活なので反って魅力的だ。
成る程、綺麗な人だな。カクは面食いか。
胸の内でこっそり笑うと、傍らのカクが低い声を出した。
「おかしげな男と連んどるのう…」
タキシード姿の半獣人と腕を組んで話している彼女は楽しげだ。
「付き合う相手は選ばにゃならん」
ムッと呟いたカクは、斜め後ろのボン·クレーをはたと振り返ってキャップの庇を下げた。
「…いや、悪い事言ったの。すまん」
「…何でアチシに謝んのよン?」