第3章 嬉しい。ありがとう。
ラビュルトの部屋は丘の中腹、海を臨む住宅街の中にあった。
「家族と暮らしとらんのか」
「ひとりで暮らせるようになったら、ひとりで暮らしたらいいじゃない?動物で言うところの巣分かれってヤツよ。自然な事でしょ」
「ほう。そら悪かない考え方じゃ」
白く塗り固められた数段の階段を一足に踏み越え、ラビュルトと部屋に入ったカクは目を瞬かせた。
「なぁんもない部屋じゃなあ・・・」
「なくないわよ」
手招きされて窓辺のラビュルトの側に立ったカクは、窓枠の上に手をかけて表を眺め渡し笑った。
「成る程。こら贅沢じゃ」
眼下にひろがる白い家並み、合間に繁る緑、そしてその向こうの碧い海と空。
伸び伸びとした、清々とした胸のすく景色だ。
「いい眺めじゃな」
「でしょ?」
感心して呟いたカクにラビュルトが得意顔で肩をぶつけた。
「これがアタシだけのものなのよ?何にもないなんてバカな事言わないで」
「バカは余計じゃ。けどまあ、いい部屋じゃのう。こんな部屋に住み着けたらいいじゃろうな。羨ましいわい」
「そう?じゃ、一緒に住む?」
ラビュルトの言葉にカクは顔をしかめて腕組みした。
「・・・ラビュルトとかいったな?お前さん、気安すぎる。自分を安売りするような事は言わんでおけ。女振りが下がりよるぞ」
ラビュルトが眉を上げる。
「安売り?アンタ、アタシを安く買うつもりなの?」
「ワシャ誰も買う気はないわい」
「じゃ、いいじゃない」
「・・・どうもお前さんと話しとると調子が狂うのう。何なんじゃ、一体」
「ブツブツ言ってないで手伝ってよ。背骨が折れそうなんでしょ?」
キッチンに入ったラビュルトから呼ばわれて、カクは腕組みを解いた。
「やれやれ、結局手伝わんとならんのか」
「一緒に作った方が楽しいわよ。一緒に作って一緒に食べたら、絶対仲良くなれるから」
海老のヒゲをつまみ上げて、ラビュルトは真剣に食材を検分している。
それをキッチンの入り口に肩を寄り掛けたカクが首を傾げながら眺めた。
「仲良く?ならにゃならんのか?」
「なりたいのよ、アタシは」
ラビュルトが大きな口で笑って朗らかに言った。人が好さそうでいて、鮮やかな笑顔。
「必要ないわい」
ラビュルトの向かいの椅子を引いて腰掛け、カクはやおら隠元のスジを取り始めた。