第23章 ドンキホーテ
物心ついた時から、綺麗な子だと言われてきた。
整った造作を彩る真っ白い髪、仄紅い眉や睫毛、灰色に明るい緑が色濃く散る瞳。
ラビュルトの髪が白いのは、言葉に出来ない時間を海の上で過ごしたから。もしかして目の色でさえ髪の色同様褪せて灰色になったのかと思う事がある。
樽に詰められて投げ出された。水音がして一度沈んだ樽は浮力のままに勢い良く浮き上がり、小さなラビュルトは悲鳴を上げた。
誰かがずっと抱き締めてくれていた。
小さな歌声が長く長く続いて、宥めるように優しく揺すってくれた腕の力が徐々に弱々しくなり、やがて何も聴こえなくなって、優しい手は冷たく冷え切って動かなくなった。
その時には多分もう、ラビュルトの髪は白くなっていたのだろう。
誰が同じ樽に詰められていたのかエンダの両親は話さなかったし、ラビュルトも聞かなかった。ジャンとマリィはラビュルトが拾われる前の事を何も覚えていないと思っていたし、実際歌声と腕の感触、そして自分が赤毛だった事以外、ラビュルトは何も記憶していなかった。
けれど、確かに誰かが一緒にいた。ラビュルトを抱き締めて、最後まで守ろうと、励まそうとし続けた誰かが。
目の前に投げ出された擦り切れた子供服と幾枚かの写真を凝視して、ラビュルトは乾いた唇を舐めた。
向かいにはピンクの羽根の山に埋もれた大男。二人掛けのソファーを占領して背もたれに体を預け、面白そうにラビュルトを眺めている。
写真の中で赤毛のラビュルトが笑っていた。ソバカスのない緑の瞳のラビュルトが、同じく赤毛の子供を抱き抱えて大きな口で笑っていた。
子供の瞳は灰色。明るい緑が散る灰色の瞳。
古ぼけた子供服の胸元に、木登りする赤毛の子供の刺繍が施されている。その下にLavurouteの縫い取り。
「…ラビュルート……」
呟いたラビュルトにドフラミンゴが体を起こした。足を組んでソファーに右肘を掛け、左手を伸ばして写真を一枚手に取る。
「お前そっくりだろ?お前程デカかなかったが、使用人にしちゃ見れる女だった。叔父貴が手を出したのもわからねえじゃねえ」
「……」
ラビュルトは黙って写真に見入った。
母さん。母さんとアタシ。
優しくて調子外れの歌声と、温かい腕。
「…それで?」
テーブルの写真と服をそっとひと撫でして、ラビュルトはドフラミンゴに向き直った。