第9章 始める
「送ってくれて、ありがとう」
マンションの前で木吉にお礼を言う。
「また明日」とマンションの入り口の方へと振り返ると、ぐいと木吉に腕を掴まれた。
なんだろう?
やっぱり触れられるのは、ちょっと怖い…。
だけど、仲間に対して腕を振り払うなんて事はできず、ぐっと堪えて、再び振り返った。
「どうか、した?」
「あのさ、俺、思ったんだ」
腕を掴んだまま木吉が話しはじめた。
「日向と陽向って紛らわしいだろ?」
「えっ?紛らわしいかな…?」
「だって、日(陽)に向かうって書く」
と答える木吉は自信満々。
意味はそうなんだけど…
漢字も読み方も違うんだけどな…
「だから、碧って呼ぼうと思う」
彼の考えはよくわからない…
きっと、変な顔をしていたんだろう。
「嫌か?」と私を覗きこんだ。
顔の近さに驚いて、熱くなる。
きっと、私の顔は真っ赤だろう。
後ろに一歩下がって答えた。
「い、い、嫌じゃないよ。好きに…、よ、呼んでもらっていいよ」
焦って、どもる。
嫌なわけではないし、呼び方にこだわりもない。
男子に名前で呼ばれるのは変な感じはしたけれど、断る理由にはならない気がする。
だから、そうとしか答えられなかった。
「そうか、じゃあそうする。また明日な、碧!」
そう言って、大きな手で私の頭を撫でた。
突然の事で身体が強ばる。
心臓がバクバクと否応なしに動く。
「う、うん。ま、また明日」
手を振りながら歩き出す木吉に、そう言って、手を振りかえした。
顔の熱はなかなか引かなかった。