第57章 傾く
「買ってきました」と合流した三人も、
「遅くなりました」と遅れてきた二人も、
目が合うと「大丈夫ですか?」と口にした。
自覚は無いが、よっぽど顔色が良くないらしい…。
火神に関しては、昨日の細かな事を聞いてくる様子も、話題に上げることもしない。
きっと、配慮してくれているんだろう。
ただ、合図でも送るように、無言でこちらを見たそれは、昨日の事を指すのだろうと判断して、コクンと頷いた。
「大丈夫ならいいっす」
彼の優しさに心の底から感謝した。
「そろそろだな。洛山対秀徳の試合…」
木吉の言葉にピクリと身体が強張った。
日向の説明を背中で聞きながら、頭の中の引っ掛かりを必死に振り払う。
顔を上げる事が出来なくて、ずっと下を向いたままだ。
すると、誰かの靴が視界に入って来て、
おずおずと顔をあげれば、黒子が拳を差し出した。
「陽向さん、手を出してもらえませんか?」
言われるままに手のひらを出すと、ちょこんと飴玉が置かれる。
「えっ?」
「レモン味、好きですよね?たぶんですけど、落ち着かない時に舐めていませんか?」
さすが、黒子。
よく見ている。
私はキャパオーバーになりそうな時、一旦、自分を落ち着ける為に飴を舐めていた。
それを見られていたらしい。
「あっ…ありがとう」
「いえ、河原君が買い出し先でもらった物だそうです。お礼なら河原君にお願いします」
目線を移せば、「いえいえ」と手を振る河原と目が会う。
お礼を言おうと頭を下げかけると
「あっ、俺のもどうぞ!」
「よければ、俺のも」
降旗と福田からも手のひらに飴が置かれた。
優しい後輩達にクスッと笑みがこぼれる。
「ありがとう」
それぞれにお礼を言って、
ひとつ包みをあけて口に放り込んだ。
レモンの甘酸っぱさが口の中に広がっていく。
「碧ー。俺のもやるよ」
と、木吉の声が聞こえて、
振り向けば大きな手のひらに一掴みの黒飴を目の前に出されて…。
ほぼ一袋分のそれに戸惑う私に見兼ねて、
「そんなに、食うかよダァホ‼」
という日向の突っ込みが響いて…。
いつも通りのやり取りに気持ちが和んだ。
「表情も顔色も少し戻りましたね」
隣から聞こえる黒子の言葉に
「ありがとう」と笑って返した。