第35章 触れる【side 水戸部】
「離してほしい」
そう告げられて腕の力を緩めると、上半身だけ彼女が振り返った。
膝の間にいた彼女が振り返れば、顔がいつもより近い位置になる。
キョロキョロと視線を泳がせながら伏し目がちになる目元。
頬が赤いのも、背中に添えた腕からドクドクと心臓の音を感じるのも気のせいではないはず。
「わ、私ね、凛が…好きだよ…」
この状態で、そんな顔で、こんな風に言われたら…
俺を励まそうとしているのか、顔を真っ赤にして、懸命に想いを伝えてくれる碧。
それが、すごく嬉しい。すごく可愛い。
手を繋ぐことはしょっちゅうだし、抱き締める事もたまにある。
でも…それ以上にすすんだ事は無い。
彼女のペースに合わせて待っていたつもりだったけど、もう、いいかな?
下を向きながら何かを言おうとしている瞳を見つめていると、視線を感じたのか、彼女も顔を上げた。
身体に添えていた右手で左の頬に触れる。
ふにっと肌の柔らかさを感じる。
支えていた腕に力を込めれば、さっきよりもさらに碧の身体が、顔が、近くなった。
自分の心臓がバクバクと音をたてている。
ゆらゆらと熱が灯っていくのがわかる…。
どうか、今から俺がする事を受け入れて欲しい。
固まったままの彼女の目元を手のひらで目隠しの様に覆えば、碧の身体が少し強ばった。
止めた方がいいのだろうか?
それでも…。
意を決して重ねた唇は、
柔らかくて、少し震えていた。
自分の中からモヤモヤとした思いが、
勝手に感じていた劣等感が消えていく。
目元の手を離せば、ゆっくりと目を開ける碧。
もう一度…
もう一度だけ…
彼女が自ら目を閉じてくれたのを合図に、
もう一度、優しく触れるだけのキスをした。