第1章 独り占めは二人で
「いわとーし!いわとーし!」
大声になると「いわとおし」とうまく発音が出来ないらしい、子供っぽさがあるもののどこか端正な声は今剣のものだ。
御手杵と共に天井の埃を落としていた岩融は、のっそりと縁側に姿を現す。そこへ、庭から駆け寄っていく今剣。
「どうした?今剣よ」
「あるじさまのぼうしがとんでしまいました!」
「おお」
高いところばかりに枝がある木。その枝と枝の間にストローハットが挟まっている様子が見える。
「あしがかりになるばしょがあればのぼれるのですが」
「うむ。今剣ならばあの高さまでは軽いだろう。が、木が悪い」
今剣と一緒に庭の花に水遣りをしていたは、飛んで行ってしまった帽子をうらめしそうに見上げている。
審神者と言えど、若い女子。は夏らしいキャミソールにデニムにサンダルという、大層ラフな格好だ。服を見れば日焼け一つ気にしない様子なのに帽子はかぶっていたのか、と小さく笑って縁側から降りてくる岩融。そんなことに気付いて笑うのは、現代風の考え方にも大分慣れてきた証拠だろう。
「岩融。あそこ、届きますか?」
は背伸びをして両腕を高く伸ばすが、まったく、これっぽっちも、届くどころの騒ぎではない。彼女の指先からゆうに1メートルは上の枝葉の間に帽子は引っかかっている。
「うむ。少し下がっているがよいぞ」
「はい」
彼女が岩融の後ろにささっと回り込むと、岩融は相当雑に付近の枝を薙ぎ払った。ばさばさと葉がついたままの枝が落ちてきて、や今剣、もちろん岩融の頭や服に葉が舞い落ちる。
まさか何の断りもなく枝を切り落とすとは思ってもいなかった二人は一瞬ぽかんとして、葉っぱまみれになってしまった。
「いわとーし!けむしがいたらどうするきですか!あるじさまはむしはすきではないんですよ!」
「いない」
今剣の訴えに勝手なことを言って笑う岩融。
まったく岩融は、なんて言いつつ、今剣はちょうど目の前に落ちてきた帽子を受け止めた。目の粗いストローハットのあちこちに葉がついており、それをつまんで一つずつ取り除く。
「今剣、自分でとるからいいのよ」
とが言えば「いいえ、いま、ぼくがきれいにしますから」と笑う。
自分では取れずに岩融に頼んだ手前、これぐらいは……という気持ちがあるのだろう。