第1章 憧れの騎士様
ふぅ…
騎士様をお店の入り口でお見送りして、ティースペースにあるお茶を片付ける。
ドキドキドキドキ
未だに鼓動は早いままで…苦しいのになんだか心地いい。
私…騎士様とお話しちゃった…
嬉しくて、この場に自分しかいないのに、
「すごいすごいっ!お話しちゃったー!」
なんて、声に出してしまう。
もしかしたらまた来てくれるかもしれない期待に胸が膨らむ。
勿論、ただの革職人の私が、騎士様とのロマンスなんて、想像することすら許されない事。
それでも、騎士様…アラン=クロフォード様…の、穏やかで優しい低い声や、上品なコロンの香りや、鞍を丁寧に扱ってくれた仕草や長い指先や…五感全てで感じた事が忘れられなくて、なかなか眠れなかった。
それから数回、騎士様は鞍の手入れやブーツの手入れに来てくださった。
来店してくださる度にドキドキは大きくなって、一向に慣れない。
こんなただの革職人な私にも、気さくに話をしてくださるのがとてもうれしかった。
騎士様の仕草一つ一つにドキドキが止まらなくて、今日も来ないかな…なんて…あれ以来お店の掃除は念入りだったりする。
カランカラン
お店のドアが開く。
あまり忙しいお店ではないから、この音が鳴るととても嬉しい。と、同時に期待もしてしまう自分がいる。
また来てくださる保証はないけれど。
「いらっしゃいませ」
作業していた手を止めて、顔をあげながらそう言えば…
「あっ…」
思わず声が出てしまい、慌てて両手で口を覆った。
「そんな驚くなよ。」
来店されたのは、騎士様だった。
「い…いらっしゃいませ、クロフォード様」
平静を取り繕って笑顔で言えば、
「いい加減アランでいいよ。」
優しい笑みで騎士様はそう言うと、これを…と、馬荷用の大きな革の鞄を目の前に置いた。
見れば、金具が取れかかっているのと、全体的に少し手入れが必要な状態だった。
「頼めるか?」
という言葉に、勿論です、と応える。
「早急にお使いですか?少しお時間いただきたいのですが…」
一度革を洗うのに時間がかかるので…と追加する。
「十日後に使いたい。」
十分です、とお返事をして、鞄を預かった。
随分使い込まれてるけど、大切に扱っていたのがよくわかる。
またひとつ、アラン様のお人柄がわかった気がして、嬉しい。