第9章 西の鬼と東の大将
「夢主(妹)ちゃん?さっきから少し元気がないけど・・・大丈夫?」
と、頭上から沖田先輩の声が聞こえて、はっと顔を上げた。
沖田先輩達が優勝したっていうのに、寂しくなっちゃった気持ちが顔に出ちゃって、先輩を心配させちゃってたんだ・・・
「ぜんっぜん元気です!!すみませんっ!」
取り繕うようにそう言えば、自分でも予想だにしない大きな声が出てしまって恥ずかしい。
「そう?」
「そうですよっ」
立ち上がって、沖田先輩を笑顔で見上げる。
「ねえ夢主(妹)ちゃん。優勝賞品ちょうだい?」
唐突に沖田先輩は言い出した。
「賞品?何がいいですか?アイスならおいしそうなお店が・・・」
関東大会の帰りに食べたアイスが脳裏に浮かんでそう言えば、
「アイスもいいけどさ?それより・・・」
沖田先輩の右手がゆっくりと、トン、とドアに付いて、同時に私の背中もトン、とドアに付く。
「それより、こっちを貰いたいな。」
さらりと薄い茶色の髪の毛が目の前を通って、ふわりと汗とシャンプーが混ざった匂いが鼻をくすぐって・・・左の頬に柔らかくてあったかい感触が訪れた。
え?今・・・ほっぺに・・・
一瞬の事で固まった私は、脳が動き出すまでに数秒かかったのだと思う。
だんだんとつま先から頭のてっぺんまで熱が上がるのが分かる。
ほっぺたを手で押さえれば、まだ柔らかい感触が残っていて、神経がすべてそこに集まってしまっているようだった。
「あはは。夢主(妹)ちゃんいい匂いがする。」
未だ近い距離のまま、あははと笑う沖田先輩に、文句のひとつでも言ってやろうと声を出そうと息を吸い込めば、言葉を発する前に、
「さ、戻ろう?」
と、何事もなかったかのように、皆の元へと戻っていった。
そんな沖田先輩の後ろを、とぼとぼと付いていく。
戻るとすぐにまた沖田先輩の元には他校の人でいっぱいになった。
ふと、誰から発せられた「東の大将」そんなフレーズが耳に入る。
東の大将な沖田先輩は近くて・・・なんだかとても遠いな・・・。
右の頬をそっと触れると、さっきの沖田先輩の髪の毛の匂いを思い出して、胸がきゅうきゅうと締め付けられるみたいに痛かった。