第5章 1864年 ー文久四年・元治元年ー 【前期】
「平助!負けた方が団子おごるってことにしよう。もちろん、私が勝ったら千鶴の分と2人分ね!」
「おう!負けねえからな!」
この二人は波長が合うのか、いつも楽しそうに稽古をしている。
夢主(妹)が屯所に来た頃は、木刀の重さについていくのがやっと・・・という感じであったのだが、すっかり重さに慣れたようだ。
そんな考え事をしながら稽古の様子を伺っていたら、二人はまだ隊服を脱いでいない俺の姿に気づいて寄ってきた。
「一君、浪士達と斬り合いになったんだって?最近、一段と物騒になったよな。」
「うわぁ…返り血っていうの?それを見るとまだ…斬り合いは怖いと思っちゃうな…」
「そりゃあ…怖ええと思うよな。でも、ま、覚悟なんてすぐ決まるもんじゃないしさ。夢主(妹)は無理することないと思うよ。」
「う~ん。早いとこ腹くくっちゃいたいんだけどね。まだね…っていうか怖いとか言ってごめんなさい、斎藤さん。」
「そう焦るものでもなかろう。刀の道に進むと決めたとしても、迷うこともあるだろう。血を見て怖いと思うのは、普通の感情だ。気に病むことはない。」
俺の言葉が意外だったのか、夢主(妹)は少し驚いたように俺を見たが、
「そうか…怖いと思っていいのか。怖いと思ってたらいつまでも駄目だと思ってたよ。ありがとうございます斎藤さん。」
何かが彼女の中で整理がついたのであろうか…俺の言葉がしっくりいった様子である。
夢主(妹)の刀は誠実だ。
刀に対しても誠実だ。
それは、何度か稽古を見ていればわかる。
それに…あの副長が常日頃から側に置いて離さない。
どれ程までに優秀なのかが伺える。
人を斬るということも、誠実に考えているのだろう。
血を怖いとまっすぐ正直に言える彼女には、そのうちはっきりと覚悟を決めることができる日が来るだろう。
「いつでも相談にのる。時に恐れ悩む事も刀と向き合ういい方法だ。」
俺は夢主(妹)に声をかけて二人と別れた。
部屋へ戻る途中、処理を終えて帰ってきた山崎と夢主(姉)の姿が見えた。
ふと、先程の妙に落ち着いた夢主(姉)の姿を思い出す。
夢主(妹)は血を怖いと言った。
夢主(姉)は怖くないのだろうか。