第5章 1864年 ー文久四年・元治元年ー 【前期】
この部屋に広がるネガティブオーラ大全開な空気に飲まれちゃったみたいで・・・
私は山南さんが私が煎れたお茶に口をつけてくれたことがものすごくうれしく感じてしまって、
「お茶…飲んでくださってうれしいです。」
と、口に出して言ってみる。
「・・・・・・・・・・」
それに山南さんは何も返さず、相変わらず冷たく厳しい視線を私に向けた。
う~ん…私が笑顔を向ければ向けるほど、山南さんの機嫌が悪くなるような気がする。
厳しい視線で私を見据える山南さんから、目を離すこともできず・・・
言葉を紡ぐこともできず・・・
ただただ山南さんを見つめている状態になってしまった。
「……傷心の荒れた状態の男には、君は毒なだけですね…いえ、砂糖…と言った方がいいでしょうか。」
再びゾクリとして…金縛りにでもあったように動けなくなった。
いつのまにやら近づいていた山南さんは、細くて長い指で私の顎を持ち上げる。
そうして私の顔を覗きこんで、
「…隙がありすぎますよ、夢主(姉)君。君もまだまだ子供ですね。」
と、さっきまでの厳しい視線とは全く別の、とても優しい瞳でそう言った。
「あ………」
間抜けな声が漏れる。
きっと顔も間抜けに違いない。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。捕って喰いやしません。」
「………」
「今の私は誰から見ても卑屈でしょう?・・・意地悪のひとつやふたつ、してみたくもなります。それにあまり男の部屋に来るものではありませんよ。此処は男所帯…誰もが理性的だとは限りません。」
フフフと笑い、以前のような穏やかな笑顔な山南さん。
私はといえば・・・間抜けな表情のまま、なんだか気が抜けてしまって、はぁ…と溜息が漏れる。
「監察方の仕事は、厳しい道のりですよ。それでも君は、微笑み続けるのでしょう?」
今までの冷たさは幻かのような・・・優しい声色。
「ここに息抜きにいらしたらいいですよ。」
あまりの意外な言葉に、え?と、さっきから間抜けな表情のまま、山南さんの顔を見れば、
フフフと不敵な笑みを作って、
「私の暇潰し…にもなりますしね。」
と、私の持ってきたお茶に再び口をつけた。