第5章 1864年 ー文久四年・元治元年ー 【前期】
山南さんが大変な怪我をして戻ってきたのはひと月ほど前。
私が監察方になったのはほんの3日前のこと。
私はお茶を煎れて、山南さんの部屋を目指す。
ふと、思い出す昨日のこと。
やっと自由に部屋を出られるようになったから、私は山南さんのお見舞いに行った。
監察方へ・・・と以前から私を監察方へ推してくれていたみたいだったから、挨拶も兼ねて。
山南さんとは2人きりで話したことなんて今までになかったけれど、お茶と山崎さんから貰ったお饅頭を持って、私は山南さんの部屋へ。
「山南さん、夢主(姉)です。お茶を煎れてきました。」
山南さんは私の登場に少し驚いた様子だったけど、すぐに無表情になった。
ここに私が来た時の穏やかな雰囲気は消えてしまった。
隠れていたのかな?本当の姿なのかな?それとも変わってしまったのか・・・冷たい雰囲気だけが山南さんを包んでいる。
・・・・・・何このネガティブオーラ大全開!来たはいいけど逃げ出したいかも。
と、怯みそうな心を押し込めて、にっこりと笑顔をむけてみた。
まるで私の笑顔を振り払うかのように、山南さんは無表情のまま。
瞳を覗けば、薄い茶色に怒りとも思える色を燈していて・・・私は一瞬ゾクリとする。
その一瞬に満足をしたのか…山南さんは目を細めて穏やかな笑みを私に向けた。
「お茶、ありがとうございます。こんなところへわざわざ来ていただいて、申し訳ありません。」
「いえ…。」
やばい・・・こわい・・・帰りたい・・・
「夢主(姉)君…とお呼びしましょうか。こうして2人で話をするのは、初めてですね。」
フフ、と少し微笑んで、
「ここに誰の命令でもなく訪れるなんて、変わったお人です。それとも、監察方に私の見舞いの命令でも下りましたか?」
と、続けた。
その微笑みの奥に、さっきゾクリとしたものがチラリと見えたから、私はそれに飲まれるまいとさらに笑顔を返す。
「いえ・・・なんとなくご挨拶に・・・」
自嘲するように小さく笑うと、
「…そうですか。」
感情のない声色でそう言うと、お茶を一口飲んでくれた。