第11章 【元治二年 二月】組織の秘密と優しい嘘
しばらくその場に佇んでいれば、案の定…その気掛かりの主はやってきた。
「あ、山崎さんお疲れ様です。夢主(姉)ちゃんの様子どうでしょうか…」
盆に湯呑みを二つ乗せて、にこりとどこか寂しげに笑う雪村君には、これ以上…沖田さんの部屋の近くに行かせるわけにはいかない。
「今は沖田さんの部屋で一人で休んでる。寝不足もあって、寝ているだけだから心配はいらない。申し訳ないがもうしばらくこのまま一人で寝かせてやって欲しい。」
職業柄…嘘は滑らかに口から出る。
「そうなのですね。お茶を…と思ったのですが…。」
「気づかいをありがとう。起きたら夢主(姉)君に伝えておく。沖田さんは夢主(姉)君に部屋を貸してどこかへ出て行ったが会わなかったか?」
俺のその嘘に、首を振る雪村君は少しだけ安堵の色が顔に出た。
雪村君はきっと…沖田さんを好いているのだろう。
それはもうかなり控えめに…ではあるが、沖田さん自身も気がついているはずだ。
夢主(姉)君は…気がついていないのだろうか。
どちらにしても、内部監察も仕事の内だと言ったはずなのに、こんな分かりやすい恋路に気づいていないのなら、夢主(姉)君もまだまだだ。
というか、雪村君は今や夢主(妹)君同様の妹のようだといつか言っていなかったか。
そんな妹同様の存在である雪村君の好いている相手と…全く…言語道断だ。
だいたい俺が見張りのような真似をしてここにいなければ、修羅場となるか気まずい状態になるか…一大事だろう。
二人揃って好き勝手に…
段々と夢主(姉)君と沖田さんに対しての怒りがこみ上げてきた所で、
「山崎さん?」
という、雪村君の声に我に返る。
「…すまない。夢主(姉)君が起きたら、きっと雪村君と夢主(妹)君には会いに行くだろう。」
「じゃあ…部屋に戻ります。山崎さんおつかれさまです。」
そう言って踵を返す雪村君はやはりどこか寂しげで…衝動的にその小さな背中に声をかけてしまった。
「そのお茶を貰ってもいいだろうか。」
気の利いた言葉は思いつかなかった。
ただ、その寂しそうな心をどうにか出来ないものか…などと思ってしまった。