第10章 1865年 元治二年
「い、いえ!なんでもないです!!」
仕事と違う事を考えていたことが恥ずかしくて、土方さんの顔が見れない。
「ったく…」
土方さんの呆れた声が聞こえる。
「おい夢主(妹)、顔上げろ」
ちょっと強めの声に、びくりとして顔をあげれば…
土方さんの唇が私の唇を食べるように重なって…離れていった。
「近藤さんとこにこれ持って行ってくれ」
そして何事もないように土方さんは立ち上がって、そう仕事を言いつけながら、自分の机に戻ってる。
え…っと今…
キ、キスしたよね?
「夢主(妹)」
今度こそ怒鳴る勢いで呼ばれて、はっと我に返って、土方さんを見る。
にやりと笑うように片方だけ口角をあげてる土方さんと目が合った。
「い、行ってきます!!」
近藤さんへの書類を勢いよく受け取って、そのまま襖を開けて飛び出すように部屋を出る。
ドキドキが止まらない…それに土方さんて私の心を読めるのかな?
さすが…歴史上のカリスマは違うな…なんて言ったら怒られそうだけど。
土方さんはキスしてもドキドキしないのかな?
っていうか慣れてるよね?
やっぱり沢山の女の人と…
って本当にさっきから私は何を考えてるんだろ。
仕事しなきゃ。
仕事仕事…と…あ…前から歩いて来るのって…土方さんの眉間の皺が固定されてる原因の…伊東さんだ!
すれ違いざまに、
「お疲れ様です」
と、一応端っこに寄って立ち止まって会釈をして挨拶をした。
伊東さんが完全に通りすぎるまで動かないでいよう…って思ったら…
「まあ!此処にもこんな礼儀正しい子がいたのね。あら、あなたは副長の…さすがですわね。あなたみたいな小姓なら、私にも欲しくなるわ。」
立ち止まって話かけられてしまった。
オネエ系?なんだかわからないけど、まじまじと見つめられると、この人には性別がバレてしまいそうで怖い。
「ありがとうございます…。あの…近藤さ…局長に届けるものがありますので、失礼致します。」
なるべく顔は見ないように、お辞儀をして立ち去る。
なんか…まだこっち見てる気がするけど…知らないふりしよう。
背後の視線のせいで、近藤さんの部屋まで、なんだかすごく遠く感じた。