第9章 1864年【後期】 門出の時
山南さんが…好き?
とくとくとく、と聞こえてくる山南の鼓動を聴きながら、夢主(姉)は目を閉じる。
もしもその気持ちが本物ならば、夢主(姉)にとって、これは初恋のようなものだ。
今まで彼氏もいたし、好きか嫌いかと言われれば、好き、というような感情もあったのだが…こんな風に苦しい想いは初めてだった。
ふと山南を見上げれば、それに気がついた山南も夢主(姉)を見下ろし、瞳がぶつかる。
瞬時に夢主(姉)は目を逸らした。
そしてびっくりする程心拍数が早くなり、頬に熱が溜まっていく。
先程まで飄々と…ましてや情交まで普段と変わらぬ様子だったのにも関わらず、突然のそんな夢主(姉)に、山南は思わず笑ってしまった。
そうなれば、いたずらのひとつもしたくなり、夢主(姉)の顎を持ち上げてわざと瞳を合わせてから、軽く口づけてみる。
好奇心の塊のようだった夢主(姉)の瞳は、熱を帯びた甘いものに変わり、その正体に気がついた山南もまた、胸を鷲掴みされたかのように苦しくなった。
伝えられず、応えられない想いは…どうやら通じているようで…。
夢主(姉)の想いを知り、独占欲や所有欲…そんなものが沸き起こりそうになるのをなんとか抑えて、山南は夢主(姉)から体を離した。
夢主(姉)自身も同じだった。
この気がついてしまった想いがあったとしても…自分も行く道を変えるつもりはない。
明日から此処を離れる事には変わりないのだ。
「ねえ山南さん…」
夢主(姉)は襦袢に袖を通しながら、再び書物を手に取る山南に話しかける。
視線の先で、突き放すように冷めた表情をしている山南が愛おしくてたまらない。
「頑張ってね…」
想いを込めてそう言えば、
「君も…」
と、冷めた表情からは想像出来ないほど、優しい声が返ってきた。