第9章 1864年【後期】 門出の時
夢主(姉)は夜着を着終えると、
「じゃあ戻ろうかな…」
と、襖に手をかけた。
だが、なかなか開けられない。
「いいですよ。もう少し此処にいて。」
名残惜しいとばかりになかなか襖を開けない夢主(姉)に、山南は笑いながら少し優しく言うと、
「これを…」
と、風呂敷に包まれたものを夢主(姉)に見せた。
「本当は出発時に渡そうと思っていたのですが…」
そう言いながら山南は風呂敷を開く。
「急いで仕立てたものなので、客前へ出れるようなものではなく…稽古着にでもなれば、と。」
暗がりに色合いは見えないが、それは京の街で流行りの色味に染めらた藍染のもので、夢主(姉)が出て行くと決まってから呉服屋に頼みこみ、急ぎで仕上げて貰ったものだった。
「勝手な餞別です。夢主(姉)君が気にいるかは分かりませんが…」
「わぁ…嬉しい…」
山南が話し終える前に、目尻に涙を浮かべた夢主(姉)はそう言って微笑む。
「夢主(姉)君、私の願いを聞いてくれますか?」
膨らみすぎる想いに、泣き出しそうな夢主(姉)に、山南は優しく微笑むと、こう続けた。
「それを…着てみてはくれませんか?愚かで女々しい願いで申し訳ありません。」
そんな山南の可愛らしい願いに、夢主(姉)はぎゅう、と胸の奥が締め付けらる。
「愚かだなんて…嬉しいです。じゃあ…後ろ向いててください。」
山南は襖を向いて座ると、夢主(姉)の着替える音が聞こえて来た。
先程まで肌を合わせていたというのに、背後で着替えている事が、何故かすごく気恥ずかしい。
「山南さん、もういいですよ。」
夢主(姉)の声に振り返れば、普段屯所内で顔を合わせる袴姿の夢主(姉)でも、夜着姿の夢主(姉)でもない…艶めかしい年頃の女性の姿をした夢主(姉)が立っていた。
「よく…似合います…」
目を細めて眩しげに見つめる山南の視線に、はにかんだ笑顔で返す。
山南は静かに立ち上がり、夢主(姉)に近づくと、そっと夢主(姉)を抱きしめた。
「とても綺麗です…」
そして、そう耳元で囁くと、ゆっくりと優しく唇を重ねる。
その優しい感触が、切なく胸に刺さるようで…山南の背にまわされた夢主(姉)の腕は、指先にまで力が込められた。