第9章 1864年【後期】 門出の時
「ん…」
眠りに落ちてからまだ半刻も経っていないが、夢主(姉)は目を覚ました。
ぼやけた視界に、自室とは違う物が見える。
ああ…そうだ…
あまり働かない頭で、ぼんやりと思い出すと、
「山南さん?」
と、夢うつつな声をこぼした。
「まだ休んでいて大丈夫ですよ。」
山南の落ち着いた優しい声が聞こえ、夢主(姉)は気だるい体を起こして、その声の出所を探す。
「山南さんの寝顔見たかったな…」
机の横に座り書物に目を落とす山南を見つけ、夢主(姉)は呟いた。
「それは残念でした。君の寝顔は見物できましたよ。」
山南は書物から夢主(姉)に視線を移す。
「夜明け前に出発する手筈ですが、まだ少し時間があります。もう少し休んでいなさい。」
未だぼんやりとしている夢主(姉)は、
「はい…でもなんだかもったいなくて…」
と、先程までの情事など無かったかの様に、居住まいを正して座る山南を見つめながらそう言った。
「山南さん…近くに行っていい?」
全くもって広くはない部屋であるし、二人はかなり近くにいるのだが…書物に目を落し、こちらに構わないような山南が、何故だかとても距離があるように感じる。
今すぐ山南に抱きしめて欲しい。
そんな夢主(姉)の願望を山南が気がつかない訳もなく…山南は、ふぅ、とひとつ小さく溜息を吐くと、未だ一糸纏わぬ誘惑だらけの夢主(姉)に近づいて行った。
そして真横に腰を下ろすと、夢主(姉)の頬に右手を伸ばす。
そしてそのまま夢主(姉)の頭を自分の胸のあたりに寄りかからせた。
「まったく…少しは獣を怖がりなさい…。」
山南の背に腕を回して、いつのまにかすっかり密着している夢主(姉)に、山南は困ったように笑ってそう言うと、自身の腕を夢主(姉)の肩にまわし、力を込めた。