第9章 1864年【後期】 門出の時
「やめておきなさいと…以前言ったはずですが…」
山南さんの頬に届かぬまま掴まれた右手に、全身の神経が集中してるような感覚になる。
瞳に宿した色はそのままで、冷たく見下ろす山南さんを、負けるものかと見つめ返した。
もっと見てみたい。
「山南さんの冷たくて怖いお顔、本当は優しいお顔…たまに冗談を言うお顔…悲しそうなお顔…」
右手は山南さんの頬に触れてしまいそうな位置で掴まれたままで…瞳に私が映るのが見えそうな距離。
黙ったまま、目を逸らさずに私を見下ろしたままの山南さんに、言葉を続けた。
「そしてその凄く男の人なお顔…また見れた…」
そう言って、掴まれていない左手を山南さんの頬に向かわせれば、今度はそのまま頬に到着出来た。
掴まれた右手も頬に降ろされ、私は山南さんの頬を両手で包む。
「…夢主(姉)君。今の状況を理解出来ていますか?」
少しだけ困った顔の山南さんに、
「多分…」
と答えて続ける。
「頬を包めば…困ったお顔。いろんなお顔の山南さん…眼鏡を外したらどんなお顔?」
好奇心と高揚した心に全てを任せて、頬にあった両手を山南さんの眼鏡に移す。
「そうですね…」
眼鏡を外し終える前に、左手首は捕らえられ…山南さんの目は細められた。
「…獣にでもなりましょうか」
右腕で腰を強く引き寄せられ…山南さんの唇が私の唇を塞ぐ。
それは普段の山南さんからは想像出来ないほど、激しく深いものに変わり、いつの間にか私の視界には天井が見え、背は布団についていた。
唇が離れると、
「逃げるなら今のうちですよ。」
と言う、優しい声が耳元で聞こえて… 返事をする代わりに、私に覆い被さる山南さんの肩に手を乗せて目を閉じる。
そうすれば…溶けてしまいそうな程の優しくて深い口づけが落とされた。