第9章 1864年【後期】 門出の時
「じゃあ僕は待ってるから行っておいでよ。」
やっぱり今日も人が居なくて、湯屋の中には僕と夢主(姉)ちゃんと店主なのかわかんないけど…湯屋のおばあちゃんだけ。
一応、湯殿の中を確認してから、脱衣場で夢主(姉)ちゃんに背を向ける。
「沖田さんありがとう。急いで行ってきまーす。」
ほんと…なんでこんなにこの子は能天気なんだろう。
「ゆっくりしなよ。別に急いでないし。」
背中にある気配にそう言えば、
「沖田さんも入れば?」
なんて言出だす始末。
僕…確かこの前襲いかけたんだけど…忘れちゃったの?
「はー…」
人生で一番大きな溜息を吐いて、夢主(姉)ちゃんの提案は無視をした。
土方さんは「簡単に触れさせるような店じゃない」みたいな事言ってたけど、そんなことわからないじゃない。
表向きは…ってことは、裏側もあるって事なんだし。
夢主(姉)ちゃんが心配なのかって聞かれたら、別にって答えると思うし、夢主(姉)ちゃんが誰かに触られちゃったら嫌だとか…考えた事もなかったけど…
あの能天気な顔に影が出来て、作り笑いだけになるのは嫌だな…って思う。
「沖田さんありがとう。すぐ着替えますねー!」
がらがらがらと戸が開く音と、夢主(姉)ちゃんの声は同時だった。
「急がなくていいってば。寒いから髪もちゃんと拭きなよ。」
急がなくていいよ。
なんか…この時間が終わって欲しくない。
嫌味も脅しも通じなくて、適当な事ばっかり口から出まかせに話す僕の話を、けらけらと楽しそうに笑ってくれる。
もっと前からこうして話してみればよかったな。
「沖田さん、着替えましたー。」
その声に夢主(姉)ちゃんの方を向けば、濡れた髪を手ぬぐいで拭いてた。
「こっちにおいでよ。」
その姿に思わずそうに言って、自ら近づく。
夢主(姉)ちゃんの手から手ぬぐいを奪って、夢主(姉)ちゃんの頭を覆うように…わしゃわしゃと髪を拭いた。
僕の片手でつかめちゃうくらい小さな頭。
壊してしまわないように優しく…。
そして僕より長い髪の毛は、束ねて絞るように拭いていく。
色めかしい空気は今は必要ないから、
「屯所一優しい男だからね。」
なんて冗談を言えば、けらけらと笑いながら、
「ありがとうございまーす」
と、同じ空気を作ってくれた。