第9章 1864年【後期】 門出の時
ふと、俺の目の前に夢主(姉)の細くて白い腕が伸びてきた。
俺はその行動をいつものごとく手首を掴んで止める。
何度目だろうか。
はじめはそのような行動に慣れずに思わず凄んでしまったが・・・今は嫌な気はしない。
そんなことを思っていれば、夢主(姉)は少しとまどった様子だった。
手首を掴んだままだったことを思い出し、すぐに離したのだが・・・
こんな風に恥らう姿を見てしまえば、俺の鼓動は更に早くなり、自分でも知らなかった感情が生まれる。
島原か・・・
白粉の匂いはあまり好きではない。
男に酌をして、男の話を聞いて、舞を踊り、男達の欲望にまみれた視線を浴びなければならないのだろう。
総長とのことを目撃した時よりも激しい鼓動に心臓がえぐられるような気がして、いつの間にか暗くなった空に浮かぶ細い月に照らされる華奢な夢主(姉)の腕を強く引いた。
石段に腰掛けていた夢主(姉)が、腕を引かれた事によりつまづきかけた所を抱き止める。
そのまま腕に力を込めて、夢主(姉)を抱きしめた。
「さ、斎藤さん?」
いつになくか細い声が聞こえる。
それに答えることなく、俺は更に腕に力を込めた。
「あ、あの・・・」
俺の腕の中でうろたえる夢主(姉)がたまらなく愛おしいと思った。
腕の中に収めてしまえば、見た目よりもずっと華奢で・・・やわらかく暖かい。
「あんたを・・・」
あんたを俺だけのものにしてしまいたい。
そう言いかけて止めた。
夢主(姉)は戦いに行くのだ。
俺達と肩を並べて。
つまらぬ嫉妬で、その志の邪魔をしてはならぬ。
零れてしまいそうな言葉を飲み、腕を解いた。
「すまない」
そう言ってその場から立ち去ろうと思ったのだが・・・
「斎藤さん」
背を向けた俺に向けられた声は、柔らかい。
「ありがとうございます。」
そう言われて振り向けば、月明かりの薄暗い中でもはっきりとわかるような笑顔があった。