第9章 1864年【後期】 門出の時
馴染みの鍛冶屋で用事を済ませて、来た道を戻る。
やはりあの櫛が置いてあった店の前で歩を止めてしまった。
餞別だと言って渡せばいいのであろうか。
左之ならばさらりとやってのけるであろう。
平助や新八・・・総司であっても同じことだ。
総長は・・・
そこまで考えて、あの日見た総長と夢主(姉)の姿を思い出す。
そうだ。
夢主(姉)には総長がいるのではないか。
二人は既に恋仲であるのかもしれない。
あの日と同じ息苦しさと苛立ちを覚える。
俺は何を先程から考えているのだ・・・
「あ、先程の。この櫛が相当気になりますか。質素な造りやけど彫りは上等なものですよ。手に取って見てくださいな。」
店主にそう言われ、その櫛を手に取った。
小さめで見た目も質素だが、しっかりとした木製の重みがある。
「・・・貰おう」
「おおきに。」
やたら愛想のいいふくよかな店主に代金を支払い、櫛を袖に入れて早々に店から離れた。
櫛を入れた右側の袖が少々くすぐったい。
餞別だと言って渡せばいい。
他意はないし、そもそも後背するようなことも何もない。
そう心に決めて、歩き慣れた帰路を急いだ。