第9章 1864年【後期】 門出の時
先程から脳裏に浮かぶのは夢主(姉)の事ばかりな自分に呆れつつ、いくら巡察をしている時ではないとはいえ、他の事を考えながら町を歩くのは、新選組の組長を担う者としていかがなものか・・・と自分を戒めて歩を進めた。
巡察の癖で店に目を配りながら歩いていれば、ふと、一つの木彫りの櫛が目に付いた。
普段ならばそのような物など見ることもないのだが・・・先程から夢主(姉)のことばかり考えていたせいであるのだろう。
派手な造りではないその質素な木彫りの櫛から目が離せなくなった。
ああ、そういえば。
まだ監察方という役職が決まって無かった時、雪村と二人部屋から出れずに少し塞ぎこんでいた夢主(姉)の様子を思い出す。
副長の命を伝えに部屋を訪れた際、艶のある髪を下ろし、丁寧に梳かしていた姿が浮かんだ。
女・・・か。
女とは無縁だと思っていた。
花街の女と触れ合う事は幾度かあったが。
だが・・・
「贈り物ですか?」
そんなことを考えながら目についた櫛を見ていた俺は、いつの間にか店の前で随分と足を止めていたらしい。
店主からそんな言葉が掛けられた。
「いや」
そう一言呟いて、店から離れる。
俺は何を思った?
あの櫛を夢主(姉)に贈ろうとでも思っていたのか。
どうも今日は調子がおかしい。