第9章 1864年【後期】 門出の時
夜の巡察まで、非番とも言える程の時間がある。
今朝の会議の後、朝餉の席ではあの総司までもが気を利かせていた。
あの姉妹の出を聞いても何故だかさほど驚かなかったのだが、それよりも夢主(姉)が明日から屯所を出るということの衝撃の方が大きいと言える。
朝餉の後、左之達はこぞって部屋を訪れて元気付けでもしていたのであろう。
廊下まで賑やかな話声が聞こえていた。
それでも左之達のように部屋へ行って何か言葉を・・・などという気にもなれず、こうして町へ出てきてしまった。
例え部屋を訪れてたとして・・・俺は何を話す?
明日から頑張れ、己の志の為に精進しろ・・・とでも言えばいいのか。
夢主(姉)のことを考えると、どうも心音や脈拍が正常ではなくなる。
何故そんな状態に陥るのか。
何故・・・だと?馬鹿な・・・
そういえば、京の町を夢主(姉)と二人歩いたことがあった。
まだ肌寒い風が吹く春先だった。
「斎藤、こいつに刀を見立ててやってくれ。男装姿は少々怪しいもんだが、ガキだと思って連れてけ。」
副長からの命で、夢主(姉)の刀を見立てに二人で町へ出た時だ。
気がつけば、隣を歩いていたはずの夢主(姉)の姿は遠く後ろに居て、何度か振り返りながら歩いた。
小走りで俺の後を追う姿に、違和感を感じたのを覚えている。
一度走らせれば風のごと速いはずの夢主(姉)は、歩く速度だけは遅いというのか?と、そんな風に思っていれば、
「斎藤さん、歩くの速いです。」
息を少々はずませながら、上目遣いにそう言われてみても、何故そのようなことになるのか・・・と思っていた。
「もう。足の長さ違うんだから。」
そう言いながら俺の袖の端を少し摘んで見せる夢主(姉)に、「そうか、すまなかった」と一言、目も合わさずに告げて歩く速度を落とした。
「ねえ斎藤さん―――」
「あ、これは何?斎藤さん」
「そうだ!斎藤さん―――」
そうやって目的の店に着くまでの間、話を振られていたのだと思う。
だが、俺に話しかける夢主(姉)の声と、楽しそうに笑うその表情に気をとられて会話の内容はあまり覚えていない。