第9章 1864年【後期】 門出の時
腰に一本だけ差した刀。
それを鞘ごと腰から外して見つめてみる。
これは春先に斎藤さんに見立ててもらったもの。
一度だけ斎藤さんと町に出て、刀を買いに行った。
すたすたと歩く斎藤さんの横を、歩幅が合わなくて小走りで付いて行ったっけ。
時折私の方を振り返っては、不思議そうな表情をして…またすたすたと歩いて行ってしまう。
この人…女の人とデートとかしたことないのかな?なんて思った。
そんな姿を見たら悪戯心が芽生えてきて、小走りに近づいてちょこんと袖をつまんだら、とても驚いた顔をしてた。
その表情にさらに楽しくなっちゃって、
「歩くの早いです」
なんてかわいこぶって言って見たら、さらに目を丸くして、
「そうか。すまなかった。」
そう言って、ぎこちなく私の歩幅に合わせてくれた。
そんな日のことを思い出して、思わず一人で笑ってしまう。
斎藤さんには髪の毛に埃が…なんて言って悪戯したら怒られたこともあったっけ。
私に「志」というものを考えさせてくれたのも斎藤さん。
ああそうだ…はじめての監察方のお仕事の後、泣いているところも見られてるんだった。
刀を改めて見つめると、いろいろなことを思い出して、いろいろな感情になる。
幼い頃からお父さんに習ってた剣道。
あまり好きじゃなかったけれど、夢主(妹)はいつも楽しそうだった。
姉として、試合で無様な姿を夢主(妹)に見せたくなくて、それなりに頑張った。
運動神経は良い方だったから、そうそう負けることもなかった。
けど中学二年の時、夢主(妹)に負けた。
夢主(妹)は剣道の稽古の時、いつもすごく真剣で楽しそうで、なんだかうらやましかった。
ここへ来て、さらにキラキラ輝いてて、私にはまぶしすぎるみたい。
あんな風に刀に向き合えない。
怖い。
人を殺めるのが?
そうじゃない。
刀に込められた重みが怖い。
人を斬る、ということに真摯に向き合えない。
逃げてるだけなのかもしれないけれど。
「やはり此処にいたか。」
あ…気配に全く気が付かなかった。私としたことが…
「驚かせてすまない。少し良いか。」
目の前には、私が驚いたことに少し驚いている斎藤さんの姿。