第9章 1864年【後期】 門出の時
「おい」
慣れてない人なら飛び上がりそうな怖い声だけど、知ってるよ…今あなたは…
顔を上げて土方さんを見れば、やっぱり苦しそうで優しい顔をしてる。
しっかり眉間には皺があるけど、慣れっこな私には優しい顔に見えるんだ。
「そんなの…寂しいにきまってるじゃないですか。でも、お姉ちゃんがそうしたいって言うなら、止める理由も無いし…。」
なんだか土方さんの目が見れなくて、視線は手帳に戻したけど、あれれ…やっぱり涙が出てきた。
「それにっ…」
目線は手帳のままだけど、涙で前があんまり見えない。
「私は私の道を歩くんです。姉も同じ。だから大丈夫です。」
そんな、なんだかわけのわからない根性論みたいな事を言ってしまったけど、寂しいのは事実で…だからといってお姉ちゃんに側に居てくれ、と言うのも変だと思った。
「でも…ずっと一緒だったから。ずーっとお姉ちゃんと一緒だったから…」
ああ、もう。
土方さんの前では子供みたいになりたくないのに。
気がつけば、手帳とにらめっこしながら涙をぼろぼろ流す私の隣に、土方さんは居た。
ごつんと強引に頭を肩に持って行かれて、土方さんの着物の匂いに包まれる。
そして大きな手は私の目元を覆った。
「悪い」
低くつぶやかれたその言葉は、今の私には十分すぎる言葉で…考えなきゃいけない事がただでさえ沢山ある土方さんなのに、きっとこの話が出た時からいろんな方向から考えてくれたんだろうな、って分かった。
「ありがとうございます」
大きな掌の温もりと、大好きな匂いに包まれて、少しだけ…少しだけ…
寂しくて仕方ない自分になって、甘えることにした。
心の中で、小さな頃に湯船に浸かって数を数えたみたいに、いーち、にーい…と数える。
じゅう…まで数えて、
「土方さん。ありがとうございます!もう大丈夫です!」
と、明るい声で言った。
「しっかし…姉の唐突な提案に皆さんも大変だったんじゃ?」
と、さらに明るく続けてみる。
土方さんは、小さくため息をつくと、
「山南さんと山崎の骨が今頃擦りへっちまってるんじゃねえか?」
と、少し笑って言った。
「何かあれば山崎に言え。俺達は直接関われねえが、監察方には時々店に行ってもらう。」
既に私の横から自分の机に移動した土方さんは、書類に目を通しながらそう言ってくれた。