第9章 1864年【後期】 門出の時
日が昇り始めるのも随分と遅くなった。
まだ薄暗い中、襖を開けて換気をすれば、冷んやりとした空気が、待ってましたとばかりに部屋の中を駆け巡る。
今日、お姉ちゃんの決意が皆に明かされるらしい。
きっと今頃、しんぱっつぁんあたりが怒ってるかな。
お姉ちゃんの決意を聞いたのは、ほんの五日くらい前だった。
最近めっきり会ってないお姉ちゃんが、夕餉の片付けを済ませて千鶴と戻って来たら部屋にいて、びっくりしたのを覚えてる。
「夢主(妹)と千鶴ちゃんに話があるの。」
特に真剣な感じでもなく、神妙なわけでもなく…
「私さ、ちょっと芸妓になって来るね。ちょっと…っていうか、本気でだから、もう戻って来ないかも。」
なんて、あっけらかんとお姉ちゃんは言い放った。
私も千鶴も、一瞬、漫画みたいにおっきなクエスチョンマークが頭の上に浮かんだんじゃないかな。
理解するまでに数秒かかっちゃうくらい、あっけらかんとしてた。
「だから、ここにいるのもあと少しかなぁ。二人とも元気でね〜。」
黙ったままの私達に、能天気な声はそう続ける。
何でそうなったのか…を、なんとか掘り下げて聞き出せば、いつだったか…刀に悩んでたお姉ちゃんを思い出した。
池田屋から半年。
私にとっても、この時代に生きる為の覚悟が決まった半年だった。
千鶴もお姉ちゃんの話を黙って聞いていて、きっと思いを理解してくれたんだと思う。
お姉ちゃんは本気だったし、止める理由も見つからなかった。
「土方さん。お姉ちゃんから聞きました。」
いつものように土方さんの部屋に出勤をして、襖を開けて換気をする。
熱い濃いめのお茶を出しながら、土方さんにそう言えば、
「そうか。」
と、一言返ってきた。
土方さんは知ってる。
私がどう思ってるかを。
実はすごく寂しくて仕方ないことだってきっと知ってる。
「残念だが、新選組は馴染みがない店に行かせる。下手に関係がばれちまうのは危険だからな。夢主(姉)の為でもある。…が、情報欲しさの為でもある。だから、店に様子を見に行かせてやれねぇ。」
その声色は、低くて厳しい。
けど…わかってるよ土方さん。
こういう時、俺を恨めとばかりにわざと厳しい空気にするよね。
「大丈夫ですよー。」
今日の予定を確認しながらそう返すと、視線を感じた。