第9章 1864年【後期】 門出の時
それが五日前で、お姉ちゃんの出発は明日。
早朝の会議が始まった頃に、お姉ちゃんが部屋に戻って来た。
「今日くらいここにいていいって。」
そう言って、千鶴と私の前に座る。
「って言われてもね?何しようか?」
こうやってのんびり顔を合わせるのは、ここに来た時以来かもしれない。
普段はめっきり千鶴まかせだった朝餉の支度を、三人ですることにした。
「千鶴ちゃんのおにぎりをもう食べられないのは残念だなぁ。」
火を起こしながら、お姉ちゃんがそう呟く。
すると、千鶴がとうとう泣き出した。
あらら、と千鶴をそっと抱きしめて頭を撫でるお姉ちゃんは、
「妹がもう一人出来て嬉しいなあ。大丈夫だよ。千鶴ちゃんも元気でね?」
と、にっこりと笑ってる。
全く…なんでこんなに能天気なんだろう。
花街での生活は、きっと凄く大変だと思う。
でも…お姉ちゃんなら大丈夫…な気がする…けど…
「ねえ、お姉ちゃん。きっとすごーく大変な生活が待ってるよ。わかってる?」
真剣な顔に低い声でそう言えば、やっぱりお姉ちゃんはにっこりと笑った。
会議を終えたばかりの広間に、朝餉を運ぶ。
今朝は、ずっと甘味屋に潜入していたお姉ちゃん特製のお団子付きのメニュー。
それにいち早く気がついたのは左之さんだった。
「なんだ、夢主(姉)も一緒に作ってくれたんだな。土方さん、今日くらい此処に呼んでいいんじゃねえか?」
左之さんの提案に、土方さんの許可はすぐに出て、山崎さんか呼びに行った。
お姉ちゃんは珍しく気恥ずかしそうに、広間の入り口からちょっとだけ顔を出して、それから少し照れながら軽くお辞儀をしてから中に入り、私の横に腰を落とした。
ここに来たばかりの、殺気に満ちた空気は欠片もないけど、ここに居る顔ぶれは、あの日と全く変わらない。
明日になれば、この顔ぶれからお姉ちゃんが抜ける。
景色は変わってしまう。
近藤さんは新しい幹部さんを迎えに行くって言っていたし、平助はまた江戸に戻ったら、しばらく帰って来ないみたいだ。
今日が最後…なのかな。
相変わらず、平助としんぱっつぁんがおかず争いをしていて、その横で静かに綺麗に食べる斎藤さんがいて…
そんな光景は、はじめて一緒にここでごはんを食べた時と全く変わらないのに、胸の奥からぎゅうっと掴まれたみたいに苦しくなった。