第9章 1864年【後期】 門出の時
江戸から帰ってきたばかりの局長と、藤堂さんは、またすぐに江戸へ戻るそうだ。
しばらく…もしかしたらもう会うことの出来ないかもしれない、夢主(姉)君の門出の為に、副長が呼び戻したのだ。
局長の反対ぶりは、凄かったと聞く。
今日の幹部会議でも、その反応は凄まじかった。
夢主(姉)君の事を妹分だと言いきる原田さんや永倉さんに、何故か俺が嬉しく思う。
正直、夢主(姉)君に対する感情はよくわからない。
恋い焦がれているわけでもなく、親心のような心配もない。
ただ、明日から居なくなるとなると寂しいという気持ちがこみ上げてきた。
会議を終えて、自室に戻れば、部屋の前に珍しく夢主(妹)君の姿があった。
その表情は硬く神妙で、俺を見るなり、
「山崎さんちょっといいですか」
と、低めの声で声をかけてきた。
自室に招き入れれば、正座をしてぎゅう、と音が聞こえて来そうなほどに、膝もとの袴を握りしめている。
監察方という役目柄…本人達は表向きは隠している副長との関係を、秘密裏に俺は知っている為に、少し緊張してしまう。
「あの!」
正面に同じように正座する俺の目を強い眼力で矢で射抜く様に見ると、
「お姉ちゃんの事で心配があります。」
はきはきとした声でそう言った。
さすがは副長に肩を並べられる女性だ。
その心配事の内容は、誰しもがこの話を聞いて心配をする情交の事では無く、それよりも先にある瘡毒の事だった。
表向きは簡単に触れさせないと言っても、あくまで表向きだ。
夢主(姉)君の場合、齢二十歳ときてるから、水揚げを売り物にはしないだろう。
そうなれば、上客が付けば情交が無いとは限らない。
ふと疑問に思って、夢主(妹)君にその心配はしないのか、と聞けば、
「あーまあ…千鶴が行くなら心配しますけど、多分姉は承知の上ですし、そこを深く考えてる人でもないので、そこはあんまり心配じゃないです。ただ、病気だけはどうにも…」
という答えが返ってきた。
瘡毒の致死率はかなり高い。
この年齢でそこを心配して俺の所に来るとは…彼女は本当に賢い女性なのだろう。