第8章 1864年【後期】決意の時
すっかり警戒心を解き放ち、心も頭も気を抜いている夢主(姉)は気づかなかったのだが…
土方の部屋へ向かっていたのだろうが…二人の姿を発見してそれ以上歩を進むことを躊躇い、角に佇み様子をうかがっているひとつの気配があった。
山南はその気配に気がつき会話を止めたのだ。
「では戻ります。千鶴ちゃんと山崎さんにもこの話をしてもいいですか?」
「そうですね…どう対処するかは、副長の判断を仰いでからにしましょう。その二人がどうであれ、あなた達の話が広まれば、敵味方に関わらず狙う者が現れることになるでしょうからね。即座にそれを恐れた夢主(妹)君は本当に賢い。」
「わかりました。ではまた明日…」
夢主(姉)はぺこりとお辞儀をして微笑むと、踵を返して部屋へ戻って行く。
陰に佇む気配にちらりと視線を投げてから、山南も部屋へと戻って行った。
その気配の主は…夜の巡察を終えて土方の部屋へ向かう途中だった斎藤である。
その斎藤は、二人が何について話をしていたかなど知るよしもなく…ただ、山南が夢主(姉)を抱きしめる姿が目に焼き付き、そしていつになく気を緩ませている夢主(姉)の姿に釘付けになった。
その後二人がその場から去ってからも、その場から動けずにいた斎藤は、何故だかこみ上げてくる苛立ちと心臓のあたりからくる息苦しさを押さえ込むように…しばらく一人静かに青白く光る月を見上げていた。