第8章 1864年【後期】決意の時
何か言葉を発するでもなく、声をあげて泣き出すわけでもなく…視線を自分に向けたまま大粒の涙を流す夢主(姉)を、山南はそっと自分の方へ引き寄せ、
「詳しい話や今後のことは明日にしましょう。今はもう何も考えなくていいですよ。」
耳元でそう言って、ふわりと抱きしめた。
涙はまだ止まらない。
何に対しての涙か自分でももはや分からないが、とにかくぽろぽろととめどなく溢れて来る。
夢主(姉)は山南の背に腕をまわし、ぎゅう、と力を入れると、軽く背に添えられていただけの山南の腕にも力が込められた。
見かけよりも大分逞しい山南の腕にすっぽりと収まった夢主(姉)は、山南の胸におでこをこつんとつけて、そのまましばらく甘えることにした。
やがて涙が止まると、背にまわしていた腕を戻して目元を指で拭い、山南を見上げ、
「ありがとうございました。…山南さんって意外と逞しいんですね。癖になりそう。」
と、少しおどけて言いながらにこりと微笑んだ。
「いつもの調子が戻ったようですね。たまにはこういうのもいいでしょう?」
くすくすと笑い合うと、山南は夢主(姉)の背にまわしてた腕を戻し体を離した。
停止していた思考が再び動き出した夢主(姉)は、微笑むのをやめて真剣な眼差しを山南に向けて尋ねる。
「山南さん、どうして…」
何故突拍子もない非現実的なことをすんなりと信じてもらえたのか…はたまた、偽っていたことに対して咎めないのか…聞きたいことが沢山ある。
しかしそんな夢主(姉)の言葉は、
「明日にしましょう。今日はもう休みなさい。」
という山南の言葉にさえぎられた。