第8章 1864年【後期】決意の時
土方の部屋を出ると、ぽっかりと浮かぶ丸い月が目に飛び込んできた。
それを無心に見つめる夢主(姉)を、同時に部屋を出た山南はしばらく無言で見つめている。
その視線に気がついて、完全に月に吸い込まれていた夢主(姉)は我に返った。
そんな夢主(姉)を見て、山南は小さく笑うと、
「気を抜いたあなたを初めて見ましたよ。月の力は偉大ですね。」
少し冗談めかしながらそう言って穏やかな笑みを向けた。
それに対してめずらしく笑みも返さず…言葉に詰まったように夢主(姉)は無言のまま山南を見つめている。
山南は右手を伸ばし、夢主(姉)の頭を優しく撫でた。
夢主(姉)が驚いて目を見開けば、山南はさらに優しく微笑む。
「いいのですよ。少しは気を抜きなさい。」
「……」
未来から来た、など、とんでもなく非現実的な事実だが、言葉にしてしまえばたった一言でまとまってしまう。
その一言を伝えたことで、これほどまでに…というほど、心が軽くなった気がした。
未来から…ということについて、知識のない夢主(姉)にとっては夢主(妹)のように思い悩むことも無かったのだが、自分が思っている以上に”自分の正体を疑われ続けていること”に対しての精神的ダメージはあったようだ。
「私は敵ではない」と、そう言うのは簡単だが、この時代に出身地など存在せず、証明できない。
監察方となって新選組の一員として動いていてもどこかしら壁を感じ、そのたびにズキズキと痛む心を隠してきた。
どうやらその疑いは晴れたらしい、そう思うだけで、ぼやけていた視界が透き通ったような感覚になる。
とんでもなく非現実的な話を信じてもらえたことや、偽っていたことに対する説教がなかったこと…聞きたいことは山ほどあるがそれをうまくまとめられない。
その上に、斬られる覚悟までしていた緊張感から解放されて、夢主(姉)の脳内はすっかり力が抜けていた。
そんな状態で頭を撫でられたものだから、完全に今まで張り詰めていた何かが停止して、夢主(姉)の瞳に涙が溢れる。