第1章 季節はずれの桜の木
「お姉ちゃん…今日何食べる~?」
夢主(妹)は稽古後にもかかわらず、走りまわりながら道場のモップがけを終わらせ、習いに来ている生徒達へ貸し出していた道具の手入れをしている姉に声をかけた。
幼い頃から父が竹刀を握る姿を見て育ち、物心つく頃には姉妹の二人とも自ら稽古に励んでいた。
もともと身体能力が優れていたのも手伝って、二人はめきめきと上達し、小学生時代から、全国大会の表彰台で必ずこの姉妹を見ることが出来る。
今年の夏の高校生全国大会を征したのは、妹の夢主(妹)だった。
母親は物心つく前からおらず、親子3人で道場を守りながらつつましく生活をしていた。
「何か食べたいものある?」
夢主(姉)は笑顔で夢主(妹)に尋ねた。
「えっとねー……お肉…かなぁ?」
「お肉ばっかり~!」
「スーパー行って決めようよ。今の時間ならタイムサービス始まってるよっ。」
「そうだね。じゃあ急ごうか!」
夢主(妹)は掃除を早く終わらせようと、モップを持って道場をかけまわる。 疲れを知らないらしい。
「あっっっ!」
夢主(姉)の突然の大声に、夢主(妹)は驚いて袴のスソに足を引っ掛けて転んでしまった。
「イタタタ・・・なになに。びっくりしたぁ。」
「うーんと・・・この時間のあのスーパーはだめかも・・・」
夢主(姉)が気まずそうにまゆげを寄せている。
「お姉ちゃん…まさか」
「うーん。ちょっとね。」
夢主(姉)が舌を出して笑う。
普通ならどつきたくなるこんな仕草も彼女にはしっくりくるのだ。
夢主(姉)は一般人を軽いストーカーにするのが得意だった。 本人はいたって冷めている。その気にさせるだけ…というタチの悪さだ。
夢主(姉)は笑いながら夢主(妹)の持つモップを受け取り片付け始めた。
「スーパーだめかぁ・・・。うーん眠くなってきた。」
「さっきまで元気に走ってたのに。自由だなぁ。とりあえず、スーパーじゃなくて商店街のお肉屋さんに行こっか!」
「はーい」