第8章 1864年【後期】決意の時
「……綺麗でしょうね。華やかに着飾って舞うあなたは。」
ケホッコホッ
予想外すぎる言葉に、カラカラに乾いた喉を潤そうと口をつけていたお茶を、盛大にむせてしまった。
山南さんを見れば、してやったり、というような悪い笑みをしていて、私はこんな山南さんの表情を初めて見た気がする。
「なんです?そんなに驚きましたか?」
くすくすと笑いながら言う山南さんに、
「いえ…でも…生半可な覚悟じゃ無理だとか…そんな簡単なもんじゃない…だとか…自分を大切にしろとか…そんな話をされるかと思ってたので…あ~びっくりした。」
今になって、緊張して体に力をいれてしまっていたことに気がついた。
なんだか少し気が抜けてしまって、無意識に力が入っていた首や肩が痛い。
ふぅ…と一息つくと、山南さんは再び真剣な眼差しを向けてきた。
「新選組としては…情報の集まる花街に、信頼のおける密偵を置けることは大きな財産です。ただ…色の飛び交う場所ですから……あなたが敵方に丸め込まれないとも限らない。」
私の目をじっと見つめる薄い茶色の瞳は、自分が山南さんにとってとても大切に想われている存在なんだと、錯覚を起こしそうなほど優しい。
「…まぁ、それを疑えばどこへも間者を送ることはできませんが…ただ…………」
山南さんは立ち上がると、私の目の前に膝をついて屈み、私の顔を覗きこんだ。
そして、すうっと伸ばされた右手の指が私の顎に触れて…薄い茶色の鋭い瞳は細くなり、その視線は私の唇をとらえている。
部屋の空気がピンと張り詰めて、今まで聞こえていた外気の音すら聞こえない錯覚に陥った時…
山南さんはふっとひとつ笑みを零して、私に触れていた指を離した。
勘違いでないのなら。
私を覗きこむ瞳の中に、山南さんの男性の色を見てしまった。
すぐに立ち上がって元の場所へ姿勢正しく座り直した山南さんが名残惜しくて、何も言わずに目で追えば、
「……やめておきなさい。」
と、山南さんは静かに言って、お茶をすする。
その色がもっと見てみたい、という私の好奇心は見透かされてしまっていたようだった。
そうなれば、ねだっているようで恥ずかしい。
ひとつため息をこぼして、
「私もまだまだですね」
くすくすと笑いながらそう言えば、
「…まだまだで結構ですよ。」
と、山南さんは笑う。