第6章 1864年ー文久四年・元治元年ー【中期】
だが…あの日…
本命は池田屋だと伝令に来た夢主(姉)は、己の刀に付着した血を見てあきらかにうろたえ、小さく震えていた。
あのような姿を人前で晒すのは珍しい。
だとすれば…
後に山崎から聞いた話では、斬ったというより傷をつけた程度だと言うが、刀を振るうことをこの女は怖いのではないのか…
そうだ、それよりも…
「斎藤さん?」
しばし考え事に集中してしまって黙っていた俺の顔を、いつの間にか目の前まで来て覗きこんでいる。
目の前まで来られてしまえば、俺よりはるかに背が低く、小さいその姿に少し戸惑う。
昼間に見る夢主(姉)の姿を思い出して、俺としたことが、どきり、としてしまった。
そんな俺を見透かしたかのように、くすくすくすと笑い、
「斎藤さん、髪の毛に埃が…」
と、俺の少し長い前髪が夢主(姉)の指に触れられる。
さらりとひとつ掻き揚げられれば、俺の心臓はどくん、と大きく鳴った。
固まっている俺を、さらにくすくす笑いながら、
「…なぁんて。埃なんてこんな暗闇じゃ見えません。」
と、その指を俺の髪から離す。
俺は咄嗟にその指を手首ごと掴み、
「そのような戯れは好まぬ。」
と、声を低めて凄んでしまった。
さすがに驚いたのであろう。
夢主(姉)はくすくすと笑っていたのをやめて、
「すみません…」
と、謝罪の言葉を小さくつぶやいた。
隠れていた月が雲の間から少し顔を出して、辺りを少し明るくする。
今までよく見えなかったお互いの表情が明るみにさらされた。
俺は未だ夢主(姉)の手を掴んだままで、それに気がついて「すまない」と手を離せば、薄暗い月の光にも、白くて細い手首にほんのり跡が残ったように見えた。
此処は男ばかりの…武士になる為に集まった荒れた者達の集いだったはずだ。
何故女であるこの者が、刀の稽古などをして…命を賭けて戦おうとしているのか。
掴んだ手首はあまりにも細く、目の前の人物が女であるということを実感させ、夢主(姉)を…いや、この姉妹を見るたびに解せなかった疑問が脳裏に浮かび上がる。