第6章 1864年ー文久四年・元治元年ー【中期】
夜の巡察を終えて屯所の前まで戻ると、この刻にはもう誰もいないはずの壬生寺から、微かに刀の振音が聞こえた。
隊士の門限は既に過ぎている。
壬生狼と言われる新選組の屯所辺りに、闇討ちでもない限り、わざわざ飛びこんで来る者などいるはずがない。
少々気になって、三番組の隊士達を先に屯所へ戻らせると、俺は一人壬生寺へ向かった。
今夜は月が雲に隠れてしまっていて、辺りは暗闇である。
壬生寺へ向かえば、境内の奥の方で、刀を振るう小さな影がひとつ見えた。
ふと、その影の動きが止まり、こちらを伺っている。
「斎藤さん?」
月も出ていない暗闇で、夜目が利くとはいえ、夢主(姉)からは俺の姿形はよく見えないはずだが…
この女は気配に鋭い。
「門限は過ぎているはずだが」
俺がそう声をかければ、
「土方さんの許可は得てますから安心してください。」
と、明るい声が返ってきた。
それならよいが、と、もう一つ声をかけたが、その場をすぐ去ることもできなかった。
夢主(姉)の姿を見るのは、池田屋へ踏み込んだあの日以来だ。
屯所でその姿を見ることは少ない。
こうやって夜な夜な一人稽古をしているのだろうか。
「稽古もよいが…いくら壬生寺とはいえ、世は物騒だ。一人でいるのはいかがなものか。」
説教をするつもりなどないのだが、どうしても厳しいものになってしまう。
「斎藤さん、心配してくださってありがとうございます。」
表情は暗闇で見えないが、きっと笑顔なのだろう。
夢主(姉)の声色はいつもの通り明るい。
「いつもここで一人稽古をしていたのか。」
素直な疑問を口にしてみる。
「さあ?」
微笑を含んだ曖昧な答えが返ってきた。
この女はいつもそうだ。
どうしてなのか真意を隠そうとする。
笑顔で表情を隠し…真意を確かめようと目を合わせれば色香を漂わせ…俺は目を逸らすしかなくなる。
はじめてこの女を見た時もそうだ。
血の匂いでたちこめるあの現場で、妙な落ち着きをはらい、俺に礼を言ってきた。