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23時、エレベーターにて

第1章 1


長い前髪が揺れる。

エレベーターに乗り込んできた男性を見て、私はどきりとした。

同じマンションに住んでいるのは知っていた、いや、時々見かけただけで、もしかしたら誰かの家に遊びに来ている可能性もある。
けれども何となく生活感というか、おそらくはここで一人暮らしなのだろう、そう思わせるものがあった。

最初はただ単にバンドマンかな、と思っていたのだが、ぼんやり眺めていたテレビに映った彼を見つけて、思わずPCで検索していた。
有名なバンドのベーシスト。
私はギターとベースの違いもよくわからない癖に、彼の演奏する姿に魅入っていた。

しかしここ最近まで彼のことを全く知らなかったのは、自分が最近の音楽にすっかり疎くなっていたからだ。
昔聴いていた曲を繰り返すように聴いていた。
20代後半なんてそんなものだ。
ファッションはそれなりに追いかけていたけれど、なんとなく、何に対しても、学生の頃のような情熱や感動のようなものが薄れていた。

恋も、そうだ。
いつもどこか打算的になってしまう自分が嫌で、人から好かれても、応えられずにいた。
恋という単語にすら食傷するほど、そういった感情からも遠ざかっていたように思う。

それなのに、今、こうして彼にどきりとしてしまった。

そういえば、気が付けばずっと彼のことを考えていた。
実際、彼が何者なのかを調べようと思った時、既に彼に惹かれていたのだろう。
長く恋を忘れていた私は、そんな事にも、たった今、気付いたのだ。
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