第5章 ● 36.5℃の幸せ
「えっと、浅草はね、」
東北弁訛りのおばあちゃんを山手線改札まで送り届ける間、彼女の大きすぎる荷物は孝支くんが運んでくれていた。
やさしい子だねえ。
にこにこ笑顔のおばあちゃんが彼を褒めてくれて、なんだか私まで嬉しくなる。
ひと通りの道順を教え終わると──そうかい、どうもありがとうねえ──彼女は微笑みとお礼を残して人波のなかに溶けていった。
おばあちゃん、一人で大丈夫かな。
神田での乗換、忘れないといいな。
尽きない心配をもやもやと巡らせて見送る小さな背中。
私と並んで手を振っている爽やかな笑顔は、そう、他の誰でもなく菅原孝支くんである。
「夕璃」
「孝支くん」
ようやく、ようやく。
あなたが私の名を呼んで。
私があなたの名を呼んだ。
さて、仕切り直しだね。
そんな声のトーンまでぴったり重なっちゃうものだから、なんだかすごく可笑しくて。
「ふふっ、ねえ、お腹へってる?」
「んー、ほんとは今すぐにでも出掛けたいんだけどなー。でも、まずは」
「腹ごしらえ、だね!」
楽しげに咲かせる会話の花。
人と人とで埋め尽くされようとしている夏休みの東京駅。一歩踏みだした歩幅すらおんなじだったのはきっと、孝支くんの優しさの証、だよね。
大好き、孝支くん。
会いにきてくれて、ありがとう。
36.5℃の幸せ ● 了