第5章 おしくらまんじゅう押されて泣くな、の段。
じめじめと蒸し暑い真夏の夜。
鈴虫が鳴くのはまだまだ当分先なのか。
障子を開け放っていても、風は全く入ってこない。
椿は寝巻き一枚で横になっていた。
掛け布団など被る気にはなれないし、ほんの少しの冷たさを求めて布団の上をあっち向きこっち向きしていた。
(…縁側で寝たら涼しいのかな)
そんなことを考えながら瞳を閉じる。
バタバタと忍たま長屋の一角が騒がしい。
山田先生と土井先生が怒鳴っている声がうっすらと聞こえた。
またしんべヱがお菓子の食べカスを撒き散らして虫が大量発生したか、喜三太のナメクジが大脱走したのか…。
(…それが本当だったら気持ちだけは冷えるなぁ)
コロコロ、と再び布団の上を転がって、気持ち冷えたような気がする場所でまた止まる。
そんな風にしてなんとかまどろみ始めた頃だった。
きし、きし、と廊下を誰かが歩く音。
寝巻き一枚で寝転がる自分を見て、はしたない、などと言われたらどうしよう…と遠い意識の中で考えた。
それも束の間。
椿の部屋の前で足音が止まったような気がする。
重い瞼を無理矢理開けるかどうか悩む。
ここで目を開いたら、また暑さで眠れなくなるのではないか、と。
ぎっ、と今度は畳が軋む。
(部屋に入ってきた…?)
嘘、誰?と椿は目を瞑ったまま体を硬くした。
「…暑いのに、よく眠れるな」
小さな声が耳に届く。
その声は、甘く耳をくすぐった。
「すまんが、確かめさせてくれ」
えっ、と思ったその瞬間。
自分の体を背中からすっぽりと包むようにして、土井先生が椿の布団に寝そべった。
自身の腕よりも二周りほど太いそれが、椿の体を引き寄せる。
「っ!!」
びくっ、と体が跳ねた。
けれど、土井先生はそれに気づかなかった振りをして椿のうなじに鼻先を埋める。
(どうしよう、どうしようどうしよう?! ああ、私、すっごく汗かいてるのに…!!)
どう考えたって椿が起きたことがわかったはずだ。
それなのに、土井先生はくんくんと椿の匂いを嗅いで、より一層ぎゅっと椿の細い体を抱きしめた。
(ふわあああ…! し、死にそう…!)