第2章 ほうっておけない質(たち)なんです、の段。
「――と、いうわけなのです」
「椿さんかわいそう…」
しんべヱは眉毛をハの字にしてそう言った。
「かわいそう、だけど…」
「気の毒だとは、思うけど…」
「「「ダメだよ、もっと考えて行動しなくっちゃ」」」
と、三人は口を揃えて言った。
「確かにそうだ。そうだが、お前たちに言われる筋合いはないと思うぞ…」
土井先生は呆れ顔だ。
男に騙されたとは思わず駆け落ちして、どこかの城前に捨てられること九回。
その度に女中のバイトをしてから帰ってくる妹。
怒らないわけがない。
「ええ…わかってはいるつもりなんですが…」
「お兄さんはいつも家にいるわけではないんですね」
「はい。兄は…ええっと、ちょっと離れたところに勤めておりまして。普段は赴任しているんです。今は子どもたちが夏休みなので、戻ってくるはずなんです…」
「椿さんのお兄さんも先生なんですか?」
「え? えぇ、そうね、先生よ」
乱太郎の言葉に、椿は戸惑いながら頷く。
お兄さんも、と言っただろうか。
(ということは、土井さんは先生?)
なにやら考え事をしている土井先生の横顔を椿はじっと見つめた。
(…格好いい、よね)
(椿さんのお兄さんは教師…ん? 待てよ、確か苗字が松千代…松千代先生? まさか、そんなに世間が狭いわけが……)
「あるのか…?」
これまで椿をだましてきた男たちも、顔のいい男ばかりであった。
「椿さん」
最近引っ越してきただとか、しばらくこのあたりに逗留するんだ、とかで近所の娘たちは彼らに何かと世話を焼こうと群がるほどだった。
「椿さん」
しかし、彼らを上回る男が今目の前にいる。
「椿さん、聞こえてますか?」
「へっ? あ、はい、すいません、ぼーっとしてました!」
「大丈夫ですか? 頭を強く打ったみたいだし…」
「だ、大丈夫です!」
「そうですか。その、椿さんのお兄さん、なんですが…お名前、お聞きしても?」
「兄の名前ですか? 万(よろず)です」
「よろず…やっぱり」