第3章 過去
頭が軽い。気持ち良い。
転がされたせいで汚れた上のジャージを脱いでパタパタと払うと、先輩達から見えない位置まで来たところで跡部先輩が追ってきた。
「あ、お疲れさまです」
少し緊張が走る。見てたもんね、さっきの。
「お前…」
「トラブル起こしてしまって、すみません。一部始終、見てましたよね?」
「ああ」
「私、退部ですか?」
跡部先輩が眉をひそめる。
「んなわけねぇだろ、お前は被害者だろうが。あいつらの処分は榊監督とキャプテンと決める」
「処分…」
「ま、お前があれだけ怖がらせたから、辞めちまうかもな」
少し困ったような表情の部長を見て申し訳ない気持ちになる。
「…どこから、見てたんですか?」
「お前が平手喰らったあたりだ。随分キレイな背負い投げだったな」
「あ…ありがとうございます?」
「バカ」
突然のバカが腑に落ちず見返すと、跡部先輩がすっかり短くなってしまった私の髪に触れた。
大きな手。手入れの行き届いた綺麗な指先。
心臓が跳ねる。髪に触れられただけなのに、そこに熱が宿る様だった。
さら、と触って寂しそうな顔になる。
「髪、止めてやれなくて悪かったな」
「いえ、何となく切るタイミングがなかっただけなので、良いんです。部活するのに邪魔だと思ってたし」
お母様が喜ぶから、髪の手入れは欠かしていなかった。天使の輪が出来る背中までのロングヘア。
また一つお母様を裏切った。でも心は驚くほど軽い。
「強がりか?」
まだ私の髪を触る跡部先輩。
「いいえ、本音です」
「そうか、それなら良い」
微笑む表情にいつもの威圧的な雰囲気はなかった。柔らかな笑み。
「しかし、氷の女王とは、よく言ったもんだな」
「ああ、よくそんな懐かしいあだ名知ってますね」
「お前のひどい眼鏡は思春期の女子がかけるには不自然過ぎるからな。目立ってたぜ」
クックと笑って私を見る。
「そうでしたか。まぁ、気に入ってますよ、そのあだ名。氷帝学園の、氷の女王」
「ああ、良いと思うぜ。本当にこんなに笑わないとは思わなかったけどな」
跡部先輩が微笑むと、花のように優雅で、胸がきゅ、と苦しくなる。
綺麗な人。