第3章 過去
「大丈夫、嬉しかっただけなの、ありがとう」と返事をした。
長太郎が安心した表情になり、またにっこりと笑顔を作った。
「逢崎さん、美人だけど、笑うとすごく可愛いね」
長太郎の言葉に慌てて手をやり表情を確かめる。無表情に戻ったことを確認して、「見なかったことにして」と言った。
長太郎は少し不思議そうな顔をしたけれど、分かった、とまたにっこり笑った。
珍しく少し親しい友人が出来た私は、前よりも学校が楽しくなった。
夕飯の時間に、お母様のいる席で「最近、お嬢様の表情が柔らかくなった気がしますね」と口を滑らせた使用人のせいでお母様に顔を引っ叩かれ、そのあと手厚い手当を自らしてくれるお母様が、少し怖かった。
「ごめんなさいね、あの使用人はクビにしたから、安心なさい、貴女は前と変わらないわね、綺麗な肌…赤くなってしまって可哀想。本当にごめんなさいね」
冷やしたタオルをあてがい献身的に私の頬を心配する母の目に私は映っていない様だった。
そんな日常を引き連れ6年生になり、新しいクラスに入ると私の机には落書きが施されていた。
『人形病』『ブス』『学校に来るな』
全て鉛筆の文字だったので、席に着いてそのまま消しゴムで消した。
私は人形病ではないし、母譲りの顔でブスではないし、学校は義務教育だ、そんなこと誰かに言われる義理もない。
少しも傷つかなかったけれど、前の席に座った長太郎が一緒に消しゴムで消してくれて、私よりも傷付いた表情をしていて、なんだか申し訳ない気持ちになった。
「傷付けてごめんね、鳳」
長太郎はぽかんと顔を上げると、私に微笑みかけた。
整った顔は眉を下げるだけで可愛らしく、女子の達の嫉妬の原因の一部が長太郎にある事が解った。
「逢崎は強いね、今更だけど、長太郎でいいよ、もう長い付き合いじゃん」
「私…も、野薔薇で良いよ、長太郎」
心優しい長太郎。
バレンタインでは持ち帰りきれないくらいチョコを渡されてしまい、ベソをかいた可愛い私の幼馴染。
「男がそんなことで泣くな!」
綺麗なボーイソプラノの声に振り返ると若が長太郎と同じくらいの量のチョコを紙袋に詰めながら言った。
ほら、と大きな紙袋を長太郎に差し出す日吉は、女の子顔負けの美形で、やっぱり少し涙を浮かべていた。