第1章 思い出したくないこと *秀吉視点*
杏が光秀と春日山でしばらく住み込みで視察をすると、ついさっき知らされた。
どうやら他の奴は知っていたみたいだ…。
(俺だけ直前まで知らされていなかったのは信長様が企てたのだろう…)
俺は居ても立っても居られず、気が付けば杏の部屋の前に来ていた。
「…杏、ちょっといいか」
「はい、どうぞ」
襖の向こうから不思議そうな声で杏が答える。そっと襖を開けると予想通りきょとんと目を丸くさせながら上目遣いをする杏。
(笑った顔もいいが、こういう無邪気な杏の顔もまたかわいいな)
そんなことを思っているといつの間にか俺は微笑んでいた。かわいさを再確認すると同時にこの純粋無垢な杏を心配する気持ちも高まる。
だからついつい
「準備できたか?くれぐれも忘れ物するなよ」
過保護の癖が出る。(俺はそこまで過保護ではないと思っているのだが…周りから母親呼ばわりされるからな。認めざるを得ない。)
「はいっ」
子供のように無邪気に笑い、元気よく返事する杏。
思わずぽんぽんと優しく頭を撫でる。
撫でられている時に見せる少し気恥ずかしそうに微笑む杏の顔を見ると心が和む。
「いい子だ。…ここに来たのは実はお前に頼みたいことがあるんだ。」
何も知らない方が幸せなこともあるが、これだけは言っておかなければ…
なんせ、知らなければ杏の命が危ないからな。…兄として絶対に教えておかなければならない。
そう思うと急に身が引き締まった。
その空気が杏に伝わったのか背筋をピンとさせ、遠慮がちに口を開く
「…頼みたいこと?」
「ああ、光秀のことなんだが――――」
張り詰めた空気に杏はごくりと息をのむ。