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【PSYCHO-PASS】 羊の夢 【夢小説】

第1章 第一話



 この世界でまともなイデオロギーを掲げているのは、日本国のみである。

 人間の心が数値化された社会、犯罪が予防される社会、最大多数の人間が幸福を得られる、完全であることを諦めたが故に完全な社会。

 誰もが黒く柔らかなベールを纏ったシステムを崇め、その神託を疑いもなく信じ、従う。その神託が間違っていることなど在りはせず、また、偽りであることもない。

 思考を放棄した、渇望を持たない人間の大量生産。
 この国の女神は、それを行っていることに気づいているのだろうか。


 「朝霞君…君は一体どこと通信しているんだね…」

 「……さぁ」

 目に痛いほどのライトが輝く厚生省ノナタワー。それを囲む光の洪水から目をそらし、私は隣人に微笑んだ。

 どっしりと重厚な車は、地を滑るように優雅な走りで我が家へと向かう。隣人はいかにも辟易した様子で、余計な肉をたっぷりと蓄えた眉間にしわを寄せた。おそらくこの人は、私といるだけで実年齢より何倍も老けてしまうのだろう。だったら辞めてしまえばいいのに、彼は律儀にも私の監視役を続けている。

 ああ、いや、家庭教師だった。

 「別に、君がどこで誰と仲良くしようが構わないんだがね、私の沽券に関わるようなことは…」

 「約束しかねます」

 ぎ、と隣から歯の軋む音がした。この人の顎の力は、タスマニアデビルほどあるのではなかろうか。ずんぐりとした体格の割に素早い動きをする所や、顔に対して小さい手足、浅黒い肌に薄い唇の下にある八重歯など、それを思い起こさせるには十分な容姿だ。

 その首周りについた肉のせいで、顎の細さは隠されている。痩せればなかなかの男前だろうが、伸びっぱなしの眉や髭、ポマードでガチガチに固めた黒光りする七三の髪と豊かな脂肪が相まって、ただの小汚いおっさんだ。

 尤も、私は八重歯のある人は老若男女構わず苦手なのだが。

 彼を見ていると、私の頭には善良な一般市民と言い難い考えがよぎる。もし、今此処で彼の顔面を殴りつけたら、どうなるだろうか。指を折ったら、道路へ突き飛ばしたら?

 「…また、善からぬことを考えているのではあるまいね」

 「ふふ」

 もう一度、彼の歯が軋む。そのうち奥歯が擦り切れてしまいそうだ。
 車は法定速度に従い、堅実な走行を行う。

 もうすぐ、見慣れすぎた冷蔵庫の様な我が家に到着する。
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