第5章 M×A for MJbirthday
A side
振り上がった手が、俺の嫌な記憶をフラッシュバックさせた。
また、だ。
またこの人も、俺を殴るんだ。
じわっと目尻に滲む、冷たいもの。
ぎゅっと目を瞑って、来るであろう衝撃に備えてみたけど、一向にそれは来ない。
痛みとか、そんなのじゃなくて、代わりに頭をぽんっと撫でられた。
撫でられてる。
何年ぶりだろう。
ほかの人の温かさに触れるのは。
攻撃されていない。暴力じゃない。
頭では理解出来るけど、体が覚えている嫌な記憶。
「相葉…?」
「せんせ、い…。」
苦しい。
助けて。タスケテ…。
ずっとあの記憶に縛られてる自分が嫌だ。
だけどその記憶は、どう足掻いたって、もがいたって、抜け出すことが出来ない、深い闇になってしまっている。
「今日は、補習はいいから。」
「え、でも…。」
「家に帰って寝ろ。顔色悪いから。
あと、明日からは今日よりも1時間遅い時間から補習を始めるから。」
「え、何で…って、いないし…。」
それだけ言い残して、先生は出ていってしまった。
白衣をふわっと靡かせて、風のように去っていった。
だけど、その方がよかった。
これ以上一緒にいられたら、嫌な記憶に支配されて、先生だって嫌な記憶になるところだった。
「もう大丈夫だと思ってたのに…。」
想像以上に、あの記憶に囚われてる自分に気が付いた。
苦しかった。
そんな自分が滑稽だった。情けなかった。