第7章 寵愛(ティキ)
「ねぇティキ、もし私の身体が普通に動くようになったらどうする?」
視線を合わせないまま沙優はポツリとつぶやいた。
そもそも彼女の身体が動くようになるまでオレは飽きずにいられるのだろうか?
飽き性な自分にしては割と続いている方だと思う。
ただ、始めに目を覚ました頃と比べると慣れたのか諦めたのか、彼女はだんだんと落ち着いてきて、口数が減っていった。表情の変化も少ない。
時間の問題かもな。
「どうだろう、もう一度大怪我してくるかもな。」
「さすがに二度目はないよ。」
「それは残念。」
彼女は身体が自由に動くようになったらきっとさっさと帰ってしまう筈だ。引き止めたいのなら足や腕を折るかなくしてしまえばいいが、今のところそこまでの執着もない。
身体の動く彼女と敵として戦った方がまだ楽しいのではないだろうか。
「沙優って強いの?」
「…うーんどうだろ。元帥レベルではないし…普通…?」
「普通て…アレは?えーっとアレンと比べたら?」
「アレンを知ってるの?」
今まで伏せられていた目が急にこちらを向いた。
それもそうか、敵であるオレが味方の名前を知っているということは、その実力を知っているということは、戦ったことがあるのだと想像がつくはずだ。
「大丈夫、あのイカサマ少年は生きてるよ。」
優しく、その髪を撫でると表情はみるみる溶けていくようにやわらぐ。
「イカサマ少年?」
「ノアとして会う前に人間として会った時、オレポーカーで負けたんだよね。身ぐるみ剥がされちゃって酷いのなんの。」
「ふふっ」
懐かしい名前に気が緩んだのか、彼女の笑顔を目にしたのはそれが初めてだった。
なにこれ、めっちゃかわいいんですけど。
「…沙優はポーカーとかできんの?」
「んーどうだろ。ルールは分かるけどイカサマできるほどうまくはないかな。」
「じゃあオレが勝てるかな」
「イカサマする気満々じゃない」
再び彼女が柔らかく笑う。
どうやら彼女に飽きるのはもうしばらく先になりそうだ。