第2章 ifの願い(コムイ)●
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「室長、今日はもう良いですよ。室長。」
ゴーンゴーンと、時計が11回鳴いた頃。
リーバーくんに肩を叩かれようやく動かしていた手を止めた。
店を出て彼女と別れた後、ずっとガリガリとペンを動かしていた。
久々にまともに向き合った書面は、何も考えなくていい。自分の事を無心に考えてくれと言ってくれいるようで、導かれるままにそれに応えた。
「室長、これ捨てちゃうんですか?最近気に入ってたやつでしょ?」
「…」
ゴミを捨てようとしたリーバーくんが、アレを拾って見せてくる。
「うん。いいんだ。」
「いや良くないですよ。あ、コイツインクまで。」
「要らないんだ。頼むよ。」
「知りませんよ。」
インクとペンを取り出したリーバーくんは傷がないかを確かめると、それを僕の胸へと収めた。
「何があったか知らないけど、あんたが持ってなきゃいけない物なのは分かります。」
「ぐっ」
手のひらで胸をバンっと叩かれる。
「じゃあオレはこれで上がるんで。物は大切にしてくださいね。」
ヒラヒラと手を振る彼に何も言えぬまま、その背を見おくった。
「…」
胸に戻ったそれを見ると、胸が締め付けられる。
それと同時に、とても安らかな気持ちになった。
「…何やってんだ僕は…」
白衣を乱暴に脱ぎ捨て、部屋を飛び出す。
分からないじゃないだろう
これで良いわけがないだろう
こんなに心を動かされといて
こんなに心を救われておいて
なかった事にしたくない。
この気持ちも
自分の無力さも
彼女に出会った事も
外の雨は余り強くはないが、髪をベタつかせ、足に不快感を作る。
それでも
間に合え
最後に一目、一言だけでも
店が視界に入れば、明かりがついている事に歓喜したのも束の間。その光は店のものとは違う事に気付き息が止まる。
イヤだ
イヤだ
「沙優…!!」
「アレンくん!!!」
扉を開けた先は、想像とは異なるものだった。
使徒が振り上げた手を地面へと落とすその刹那。
恐らくはレベル2であろう"それ"は、「さよなら」と微かな言葉を残していった。
それは酷く焦がれた彼女の声で。