第12章 社員旅行。
side灰羽
梢は、苦しそうに座席の背もたれに体を預けた。
なんだ…?今の…
梢は具合が悪い…んだよな?
でも今のは…
切なそうに下がる眉は
潤む瞳は
ピンク色に染まる頬は
荒い息遣いは
彼氏である俺しか知らないはずのものだ。
なぜ今、こんな所でそんな顔をしている…?
「っ…梢…?」
『りえ…ふ…く…みな…で…』
途切れ途切れに呟かれる言葉は、吐息は、色気を醸し出している。
まるで、それは行為の時の口先だけの否定のようで俺は思わずこくりと喉を鳴らした。
誰だ……?
梢をこんな風にしたのは…?
根拠はないけれど、俺はそいつ…月島の方を見た。
くたりと身体を背もたれに預ける梢を月島は、愛おしそうに、見つめていた。
そして口元は笑みのように弧を描いていた。
なんだその表情は。
訳がわからない。
なぜそんなに愉快そうなんだ。
なぜそんなに寂しそうに笑うんだ。
なぜお前が愛おしそうに梢を見つめ出る
どのくらい凝視していただろうか。
「リエーフ、通れねえから退いてくれ。」
歌い終わった黒尾さんが俺の横まで戻ってきても気づかなかった。
だから、黒尾さんが声をかけてきた時、俺はひどく驚いた。
「すんません…」
俺は立ち上がり黒尾さんを席に戻す。
そして座席に座りなおし、また2人の方を見た。
梢は先ほどより落ち着いた顔をしていた。
月島はいつものツンとすましたような顔で外を見ていた。
俺は今見ていた光景が信じられず、2人から無理やり目を逸らした。
バスは今日泊まるホテルの入り口にぴたりと止まった。