第36章 Hope
パトカーに乗せられ、警察署に連行された俺は、自分でも気味が悪いくらい冷静だった。
両手は血がこべり付き、シャツだって赤黒く染まっているのに、だ…
あ、そう言えばネクタイ…、どこやったっけ…
そうか…、自殺防止のために取り上げられたんだっけ…
後でちゃんと返してくれるんだろうか…
智君が俺のために、って選んでくれたネクタイなのに…
尋問する警察官を前に、俺は俄に楽になった首周りをずっと気にしていた。
本当は父さんを刺した後、あのネクタイで…なんて考えてたけど、俺ってやっぱりいざとなったら意気地がないんだな…
「おい、聞いてんのか?」
「えっ、あ…はい…。間違いありません。俺が家から持ち出した包丁で刺しました」
驚く程すんなり言葉が出て来る。
膝の上で結んだ手はこんなにも震えているのに…
「動機は? いやね、あなた弁護士さんでしょ? それがまたどうして…」
そう…、俺は曲がりなりにも弁護士だ。
基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし、この使命にもとづいて誠実に職務を行うことこそが、俺達弁護士に課せられた役割だ。
でもそんなの偽善的だ。
例え弁護士バッジを胸に着けていたって、人間に変わりはない。
怒りもすれば、時には殺意だって…
って、こんなこと岡田が聞いたら怒るんだろうな…