第29章 Rouse
季節が過ぎ、冷たい空気がコンクリートの壁に囲まれた空間を漂い始めた頃、俺の元へ長瀬さんから一通の手紙が届いた。
手紙には、松本が出所して、今は長瀬さんの工場で住み込みで働いていること…
そして長瀬さんの工場を襲った放火事件のことが、便箋二枚に渡って書き綴られていた。
幸い、大した被害もなく、ボヤで済んだこと、そして既に放火犯は捕まっていることも、一緒に書かれていた。
多分、俺が心配すると思ってのことだろうけど、大事な弟を託した以上、全く心配しない、と言う訳にはいかず…
決まった曜日に回診に訪れる井ノ原を捕まえては、情報を流すよう頼み込んだ。
始めは、流石の井ノ原も首を縦に振ろうとはしなかった。
心配性の井ノ原のことだ。
おそらくは俺を案じてのことだとは思う。
一度ぶっ壊れた精神(こころ)は、そう簡単には治らないってことを、井ノ原は十分すぎる程理解っているから…
当然俺自身も…
眠りに就こうとすると、何の前触れもなく襲ってくるフラッシュバック。
毎日じゃない…
でもフラッシュバックに襲われる度に、どうしたって拭い切れない恐怖と絶望感を、嫌でも感じさせられる。
一体いつになったら、この深い闇の中から抜け出せるのだろうか…
頬を濡らす涙を乱暴に拭いながら、俺は自問自答を繰り返していた。